TAG index
TBSドラマ 松たか子 主演 『カルテット』
..................................................................
♬ シューベルト:アヴェ・マリア [第1,2話]
♬ スメタナ:連作交響詩「わが祖国」から「モルダウ」 [第1,5話]
♬ J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 [第3話]
♬ ガスパール・カサド:無伴奏チェロ組曲 [第3話] ♬ ヤン・ティルセン : La Veillee [第4話]
♬ マスカーニ:歌劇 《カヴァレリア・ルスティカーナ》 間奏曲 [第6,7話]
♬ リスト:コンソレーション [慰め] 第3番 変ニ長調 [第8話]
♬ エリック・サティ:ジュ・トゥ・ヴ 〜あなたが欲しい〜 [第8話]

テレビ・映画&CM etc. … 最近話題のクラシック
フィギュアスケート 浅田真央 2016-2017 シーズン曲
..................................................................
♬ファリャ:リチュアルダンス (火祭りの踊り)

スポンサードリンク




2012年02月01日


ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》 第3幕 「イゾルデの愛の死」

ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲
新品最安価格:20%OFF ¥ 4,849 (7店出品)
レビュー平均: 4.5点 (11人がレビュー投稿)
5.0点 “ドレスデンの燻し銀の弦”も魅力です
4.0点 この曲の最高の録音の一つ。
5.0点 バイロイトとは違った趣があります
発売日:2000-03-01
メーカー:ポリドール
クリエーター:クライバー(カルロス)(指揮) コロ(ルネ)(演奏)

♪楽劇終幕のクライマックスを飾るイゾルデの絶唱

音楽家として、またひとりの人間として、波乱万丈の人生を送ったワーグナー。
女性との道ならぬ関係や借金苦からの国外への逃亡など、
そのエピソードの数々には、自らの歌劇、楽劇の筋にも劣らぬ派手さがあります。
そしてそれらの実人生が創作や、作品の内容に反映されることも多々ありました。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の題材にもなったとされる、
ケルト起源の恋愛説話「トリスタン物語」に基づく、楽劇「トリスタンとイゾルデ」も、
そうしたワーグナーの実際の恋愛が、創作の契機になった作品のひとつです。

1849年、ワーグナーが36歳の時のこと。
ドレスデン蜂起に連座したワーグナーは、政治犯として指名手配され、
以後9年間、スイスのチューリッヒへの亡命生活を、余儀なくされました。

スイスでは豪商オットー・ヴェーゼンドンクがパトロンとなり、
家を提供するなどしてワーグナーと、その妻ミンナをバックアップしたのですが、
こともあろうかワーグナーはヴェーゼンドンクの若い妻であった、
マティルデと熱烈な恋におちてしまったのです。

ワーグナーはマティルデとの叶わぬ恋の苦しみと、理想の愛の形を、
作品の中で昇華させるかのように、楽劇の作曲に打ち込んでいきました。

しかし、第1幕完成直後にワーグナーとマティルデの関係が発覚します。
マティルデに宛てた秘密の手紙を、妻ミンナが読んでしまったのです。
やがてワーグナー夫妻はチューリッヒを離れ、妻はひとりドレスデンに去りました。

その後も楽劇の作曲は続けられ、イタリアのヴェネツィアで第2幕が、
スイスのルツェルンで第3幕が書き上げられました。
ヴェネツィアからマティルデに送った手紙にワーグナーは、
「私の芸術の最高峰」と、その自信のほどを書き記しています。

スポンサードリンク


「イゾルデの愛の死」は終幕のクライマックスで、剣に倒れたトリスタンの後を追い、
自らも命を絶とうというイゾルデによって歌い上げられます。
ワーグナーが全曲の初演に先立って演奏会形式で発表した際に、
第1幕への前奏曲と第3幕終結部「イゾルデの愛の死」を演奏したため、
現在でも管弦楽曲として、独立してコンサートでも演奏されています。

また、後に娘コジマがワーグナーの妻となるフランツ・リストによる、
ピアノ・トランスクリプションもよく知られています。
指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻だったコジマとワーグナーは当初、
不倫関係だったため、怒ったリストとワーグナーは絶縁状態の時期がありました。

にもかかわらずその時期に、こうしてトランスクリプションを書いたのは、
リストがワーグナーを音楽家として、変わらず認めていたことの証でしょう。
無調が取りざたされる「トリスタンとイゾルデ」という楽劇の中で、
「イゾルデの愛の死」は調性もはっきりした、わかりやすく美しい音楽です。





ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》 第3幕 「イゾルデの愛の死」
Richard Wagner:Tristan und Isolde Act 3 “Liebestod”



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 06:55 | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日


ロッシーニ:歌劇《ウィリアム・テル》序曲

ロッシーニ: ウィリアム・テル 全曲 仏語版
新品最安価格:¥ 2,800 (4店出品)
中古最安価格:16%OFF ¥ 2,337 (1店出品)
発売日:2011-07-20
メーカー:EMIミュージックジャパン
プロダクトタイプ:ABIS_MUSIC
クリエーター:アントニオ・パッパーノ(指揮)
ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

♪独立して演奏されることも多い序曲の有名曲

全盛期のロッシーニの、オペラ作曲家としての、ウィーンでの人気ぶりは、
あのベートーヴェンでさえも、到底及ぶものではなかったといわれています。
ベートーヴェンはすでにいくつもの名作を書き、第九に着手しようという時期でした。
ロッシーニはまず故郷のイタリアで名を上げ、その勢いはウィーンにも達していました。

ベートーヴェンはしばらくスランプの時期があったので、
その頃はおそらくウィーンの街は、ロッシーニ一色だったかもしれません。
それについてはベートーヴェン自身も、苦言を呈していたぐらいです。

そんなロッシーニが37歳で残した最後のオペラが、
主人公が子供の頭の上のリンゴを射ることでも有名な「ウィリアム・テル」です。
この物語は14世紀のスイスが舞台です。

当時のスイスはオーストリアの支配下にあり、総督ジェスレルに苦しめられていました。
ある日のこと、テルの友人のメルクタールの息子アルノールは、
おぼれかけていたオーストリアの王女マティルデを救い、ふたりは愛し合います。

愛するマティルデと祖国スイスの板ばさみで苦しむアルノールでしたが、
捕らえられていた父親が、ジェスレルによって死刑に処せられたことを知り、
マティルデと別れてもスイスのために、テルと共に戦うことを誓います。

オーストリアによるスイス統治100周年の記念日。
ジェスレルは自分の帽子を取って掲げ、スイス人は帽子に敬礼するよう命じます。
しかし通りかかったテル親子はこれを拒否。
怒ったジェスレルは彼に、息子ジェミの頭の上のリンゴを撃つことを命じました。

人々が見守る中、百歩はなれた先から見事、リンゴを打ち抜いたウィリアム・テル。
しかし、失敗した時にはジェスレルを射るつもりで持っていた
もう1本の矢が見つかり、親子は牢獄へと引かれて行きました。

その後はアルノールやマティルデの助力もあって脱出したテルは、
ジェスレルの心臓を矢で射抜き、スイスの自由と独立を取り戻します。
マティルデとアルノールは互いの愛を確かめ、物語は大団円を迎えるのでした。

この大作オペラを書いた後、ロッシーニは37歳にして引退状態に入りました。
ある日熱烈なファンに「先生の新作を期待しているのですがいかかでしょう?」
と問われたロッシーニは、ピアノに向かうと、ある曲を弾き始めました。

スポンサードリンク


それはモーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」からの一節でした。
そして振り返るとロッシーニはこう言ったのです。
「こんな立派な曲があるのに、なぜ私がつまらないオペラを書く必要があるのですか。」

最後のオペラとなった「ウィリアム・テル」では、4部からなる序曲があまりに有名です。
第1部「夜明け」 、第2部「嵐」 、第3部「静寂(牧歌)」 、第4部「スイス軍隊の行進」が、
切れ目なく演奏され、スイスの山の風景のように変化する様が描かれていきます。

ロッシーニは序曲のことをシンフォニア-交響曲と呼ぶことがありました。
ベルリオーズが「4部からなる交響曲」と評したように、
ウィリアム・テル序曲はオーケストラの魅力が凝縮された、見事な管弦楽作品です。

*これまで「スイス軍隊の行進」を掲載していましたが、全曲を通して新録音しました。





ロッシーニ:歌劇《ウィリアム・テル》序曲
Gioachino Antonio Rossini:William Tell Overture



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 15:14 | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月12日


ニコライ:歌劇《ウィンザーの陽気な女房たち》 序曲

ニューイヤー・コンサート1989&1992
新品最安価格:11%OFF ¥ 2,412 (3店出品)
レビュー平均: 4.7点 (9人がレビュー投稿)
5.0点 ウィーン・フィルの歴史を変えた瞬間
5.0点 天才によるニューイヤーコンサート
5.0点 カルロスは、やっぱり天才だよ!
発売日:2004-11-17
メーカー:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
アーティスト:クライバー(カルロス)

♪ウィーン・フィルハーモニーの創設者としても名高い作曲家

ニコライは1810年6月9日生まれの、ドイツ出身の指揮者・作曲家です。
幼い頃から天与の才能を見せ始め、父親の手ほどきでピアノを習得。
16歳で親元を離れると、ベルリンに遊学し音楽を研修します。

この時に保護を受けたのは、ベルリンのカール・フリードリヒ・ツェルターで、
ベルリン・ジングアカデミーの学生として教会音楽を中心に学んでいました。

また有名なメンデルスゾーンによる、バッハのマタイ受難曲の蘇演の際、
ニコライはジングアカデミーの学生として、イエス・キリストのパートを歌っています。
メンデルスゾーンはニコライと同じくツェルターの弟子だったのです。

その後は1833年に駐ローマ・プロイセン大使館付き礼拝オルガニストとなり、
1840年代にはウィーンに拠点を移し、ケルントナートーア劇場の楽長に就任しました。
そして1842年3月にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の前身である宮廷楽団員の
自主演奏団体「フィルハーモニー・アカデミー」による最初の演奏会を催しています。

スポンサードリンク


1847年にベルリン歌劇場の音楽総監督となった2ヶ月後に、
後の代表作となる歌劇『ウィンザーの陽気な女房たち』を発表。大成功を収めました。

この作品はシェークスピアの同名喜劇をモーゼンタールが台本に書き上げ、
三幕七場にまとめた魅惑的な喜歌劇で、1849年3月9日にベルリン王立歌劇場
(現在のベルリン国立歌劇場)にて初演されました。

またそれに先立つ1847年4月1日には同じく王立歌劇場で、ニコライ自身が創立した
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団により、作品の抜粋と序曲が演奏されています。

このオペラは同時期のドイツ語による喜歌劇 - ジングシュピールの中でも、
ユーモアと新鮮さにおいて傑出しているとされ、分けても序曲は人気で、
現代でも演奏会用としてコンサートで広く取り上げられています。





ニコライ:歌劇《ウィンザーの陽気な女房たち》 序曲
Carl Otto Ehrenfried Nicolai:"The Merry Wives of Windsor" Overture



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 17:53 | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日


オッフェンバック:歌劇《ホフマン物語》から 「ホフマンの舟歌」

ホフマンの舟歌~カサロヴァ・シングス・オッフェンバック
新品最安価格:21%OFF ¥ 1,980 (4店出品)
発売日:2009-05-27
メーカー:BMG JAPAN
アーティスト:カサロヴァ(ヴェッセリーナ) バイエルン放送合唱団
時間:50(分)

♪ヴェネチアのゴンドラの上でささやきあう愛の歌

オッフェンバックはドイツ・ケルン出身のユダヤ系作曲家です。
合唱指揮者を父に持ち、幼い頃にパリに移住しました。

パリ音楽院でチェロを学び、卒業後はパリ・オペラコミック座でチェロ奏者に。
並行してシャンソンの作曲などで名を売りながらキャリアを積み、
1850年にはテアトル・フランセの楽長に就任、指揮者も務めました。

この後、オッフェンバックはドイツに帰ることはなく、
生涯、フランスを拠点としながら音楽活動を続けました。
来訪したアメリカやイギリスでも賞賛され、フランス喜劇の創始者とまで言われました。

本名はヤーコプ・エーベルストですが、パリでの活動にあたってそれを嫌い、
出生地であるオッフェンバック・アムマインからペンネームをとりました。

オッフェンバックは自作曲を演奏するための専用劇場ブッフ・パリジャンを作り、
そこから100を越える数の喜歌劇を、世に送り出していきました。
しかし、劇場の経営は最初からうまく運んだものではなく、
有名な喜歌劇「天国と地獄」で起死回生、ようやく軌道にのせることができたのです。

歌劇「ホフマン物語」は彼が最晩年に手がけた、本格的なオペラ作品です。
台本はドイツの作家ホフマンの三つの恋の物語で、
劇中、主人公ホフマンとジュリエットによって歌われる舟歌は特に有名です。

オッフェンバックはこの歌劇の作曲中に亡くなってしまい、
また劇場の度重なる火災により決定稿も損失したことから、
後に三幕ものから五幕ものまで、様々な形の「ホフマン物語」が生まれました。

スポンサードリンク


しかしこれが幻想的な物語であるこの歌劇に、自由な彩りをもたらしました。
また舟歌はこうした事情を越えて「ホフマンの舟歌」として、
単独でもよく取り上げられるような、絶対的な知名度と人気を誇っています。

同時代のスッペと共に、オペレッタ王として知られていたオッフェンバックは、
自らで九割方書き上げていた、最期の作品「ホフマン物語」によって、
ついに一流のオペラ作曲家の仲間入りを果たしたのでした。





オッフェンバック:歌劇《ホフマン物語》から 「ホフマンの舟歌」
Jacques Offenbach:Barcarolle from "The Tales of Hoffmann"



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 16:28 | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月12日


ヴェルディ:歌劇『ナブッコ(Nabucco)』第3幕より 「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」

ヴェルディ:ナブッコ(全曲)
定価:¥ 5,097
レビュー平均: 5.0点 (2人がレビュー投稿)
5.0点 贅沢な歌手陣、演奏も録音も優秀
5.0点 飛べ、我が思いよ、黄金の翼に乗って
発売日:1994-08-25
メーカー:ポリドール
アーティスト: シノーポリ(ジュゼッペ)(指揮) ドミンゴ(プラシド)

♪第二のイタリア国歌と呼ばれる感動的な合唱曲

歌劇『ナブッコ』はヴェルディが26歳の時の出世作です。
旧約聖書にも登場する紀元前の史実、いわゆる「バビロン虜囚」と、
それに纏わる戯曲やバレエが台本のベースになっています。

物語は新バビロニア王“ネブカドネザル2世(ナブッコ)”が、
紀元前597年と586年の2回に渡り、ユダ王国に侵攻したことに端を発します。
この闘いに敗れたヘブライ人(ユダヤ人)一族は、バビロンへ連れ去られ、
バビロニアが滅びるまでの70年間、捕虜としての生活を余儀なくされるのです。

失われてしまった愛すべき祖国…。
囚われの身となったユダヤの民人たちが、故郷とそこでの生活を偲びながら、
ユーフラテスの河畔で声を合わせて、切々と歌う望郷の歌が、
第3幕第2場に登場する有名な合唱曲『行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って』です。


行け、想いよ、金色の翼に乗って
行け、斜面に、丘に憩いつつそこでは薫っている。
暖かく柔かい故国の甘いそよ風が!

ヨルダンの河岸に挨拶を、そして破壊されたシオンの塔にも…
おお、あんなにも美しく、そして失われた我が故郷!
おお、あんなにも懐かしく、そして酷い思い出!

運命を予言する預言者の金色の竪琴よ、
何故黙っている、柳の木に掛けられたまま?
胸の中の思い出に再び火を点けてくれ
過ぎ去った時を語ってくれ!

あるいはエルサレムの運命と同じ
辛い悲嘆の響きをもった悲劇を語れ
あるいは主によって美しい響きが惹き起こされ
それが苦痛に耐える勇気を我々に呼び覚ますように!


『ナブッコ』がミラノのスカラ座で初演された1842年当時、
オーストリアの支配下にあったイタリアでは、国家統一の機運が高まっていました。
独立を願う民衆の心情とマッチしたこの歌は、好んで歌われたという伝説があります。

スポンサードリンク


またその後も第二の国歌として、あるいはそれ以上に愛され続け、
ヴェルディの葬儀では早朝、ミラノの沿道に集った群衆が自然とこの歌をうたい、
後日の埋葬では820人の合唱隊と30万の群衆が、この歌を合唱したといいます。
指揮は若き日のアルトゥーロ・トスカニーニでした。

『ナブッコ』の制作前、ヴェルディは妻と二人の子を相次いで亡くしていました。
絶望のあまり作曲の筆を折ろうとまで考えていたヴェルディにとって、
初めてのヒット作となった『ナブッコ』のアビガイッレ役を務めたのが、
彼にとって良き理解者でもあった、ソプラノ歌手のジュゼッピーナでした。

その後、行動を共にするようになった二人は、出会いから17年を経て正式に結婚。
最期は夫妻が建てた音楽家のための養老院「憩いの家」に共に埋葬されました。





ヴェルディ:歌劇『ナブッコ(Nabucco)』第3幕より
「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」
Giuseppe Verdi:Va pensiero, sull'ali dorate
(Chorus of the Hebrew Slaves) from Nabucco



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 14:42 | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月08日


ドヴォルザーク:歌劇《ルサルカ》より 「月に寄せる歌」

ヴォイス・オブ・ザ・ヴァイオリン
新品最安価格:14%OFF ¥ 2,148 (4店出品)
レビュー平均: 5.0点 (1人がレビュー投稿)
5.0点 名曲の宝箱や!
発売日:2006-10-18
メーカー:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
アーティスト:ベル(ジョシュア) ネトレプコ(アンナ)

♪森の精ルサルカが王子を想って歌う名アリア

銀色に輝く月よ あの人に伝えておくれ
私の想いはいつも あなたをこの手に抱きしめていると
夢の中のひとときでも 私のことを思い出してほしいと
彼方のあの人を照らして伝えておくれ
私はここで待っていると!

あまり印象にないですがドヴォルザークは生涯に、11作ものオペラを書いています。
その中でも特に知られ、よく上演されているのは第10作の「ルサルカ」です。

ルサルカとはスラヴ神話の水の女神のことです。
若くして死んだ花嫁や水の事故で死んだ女性がなるといわれます。

このルサルカ神話を題材に、ヤロスラフ・クヴァピルが台本を書き上げ、
ドヴォルザークが1900年4月から11月に作曲したのが歌劇「ルサルカ」です。
初演は1901年3月31日にプラハ国民劇場にて行われました。

物語は人魚姫を思わせる、悲しくもメルヘンチックな話です。
森の精ルサルカが通りかかった王子に恋をするところから始まります。

魔法使いのイェジババは、ルサルカが人間の姿をしている間は、
言葉をしゃべれないことと、王子がルサルカを裏切った時には、
王子と一緒に湖水に身を投げることを条件にルサルカを人間にします。

美しい娘となったルサルカを王子は見初め、城へ連れ帰り妻とします。
しかし、祝宴の席で口をきかないルサルカに、不満を持った王子は、
訪れた外国の王女に心変わりしてしまいます。

スポンサードリンク


魔法使いイェジババは、ルサルカが元の姿に戻るには、
裏切った王子の血が必要だと語り、ルサルカにナイフを渡します。
しかし、ルサルカはそれを拒み、ナイフを捨ててしまいます。

自分の過ちに気づき、ルサルカに抱擁と口づけを求める王子。
それは王子に死をもたらすと拒むルサルカでしたが、
「この口づけこそ喜び、幸いのうちに私は死ぬ」と答える王子を、
ルサルカは抱いて口づけ、ふたりは湖の底へと沈んでいくのでした…。

「月に寄せる歌」は第1幕でルサルカが王子を想って歌う名アリアです。
単独で歌われることも多く、ソプラノがこぞってレパートリーとしています。





ドヴォルザーク:歌劇《ルサルカ》より 「月に寄せる歌」
A.Dvorak:"Měsíčku na nebi hlubokém" -Rusalka-



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 14:36 | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月04日


プッチーニ:歌劇《ジャンニ・スキッキ》より 「私のお父さん」

五大ソプラノ プッチーニ・アリア集
定価:¥ 1,890
新品最安価格:23%OFF ¥ 1,455 (5店出品)
レビュー平均: 4.0点 (1人がレビュー投稿)
発売日:2000-11-01
メーカー:ソニーレコード
アーティスト:テ・カナワ(キリ) スコット(レナータ) マルトン(エヴァ) コトルバス(イレアナ) リッチャレッリ(カーティア) カレーラス(ホセ)

♪名ソプラノたちが得意のレパートリーとする美しいアリア

遺作となった歌劇「トゥーランドット」は未完のまま本人が亡くなったため、
その前に書き上げた一幕もの三部作の最終演目である「ジャンニ・スキッキ」は、
プッチーニにとって事実上、最後の完成したオペラになりました。
またプッチーニが作曲した唯一の喜劇オペラでもあります。

原作はダンテの『神曲』の地獄編、第30歌ですが、実際に底本となったのは、
1866年にピエートロ・ファンニーニという文献学者の編により刊行された、
「14世紀のフィレンツェ人による『神曲』への注釈」だと考えられています。

歌劇は1299年のイタリア・フィレンツェを舞台にした全一幕、50分ほどの作品。
大富豪の遺した遺産をめぐる騒動を、主人公の中年男ジャンニ・スキッキが収め、
最後にはまんまとスキッキが遺産を手に入れてしまうという物語です。

「私のお父さん」はスキッキの娘であるラウレッタが、父に結婚の許しを請うアリアで、
『もしこの恋が叶わないなら、ヴェッキオ橋に行って、アルノ川に身を投げてしまうわ』
と駄々をこねる娘と、そんな娘が可愛くて仕方ない父の微笑ましい姿を思わせます。

スポンサードリンク


多くのソプラノ歌手が単独リサイタルでもレパートリーとして取り上げる定番曲です。
歌手が「ジャンニ・スキッキ」とコールすると、客席から拍手と歓声があがるほどです。

三部作をローマで初演したいと考えていたプッチーニですが、戦争などもあり、
1918年12月14日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で初演されました。
その内「ジャンニ・スキッキ」だけが、幕が下りる前から拍手という好評ぶりで、
ヴェルディのファルスタッフ以後、イタリア最高の喜劇オペラともいわれています。





プッチーニ:歌劇《ジャンニ・スキッキ》より 「私のお父さん」
G.Puccini:O mio babbino caro from "Gianni Schicchi"



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 05:55 | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする