2014年12月05日


モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626 “怒りの日”

モーツァルト:レクイエム
ワルター(ブルーノ) リップ(ウィルマ) レッスル=マイダン(ヒルデ) デルモータ(アントン) エーデルマン(オットー) ウィーン楽友協会合唱団
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♪自身のためのレクイエム(鎮魂歌)にもなった最後の名作

モーツァルトの天才ぶりについては、しばしばこんなことが語られます。
彼は一瞬のひらめきの内に、交響曲一曲分の青写真が見えていて、
あとはそれを譜面に書き起こす作業が残っていただけだったと…。

たしかにそれは事実だったのかもしれませんが、
一方では彼もまた人間だったことを示す、興味深い話もあります。

ある音楽家がウィーンのモーツァルトゆかりの地を訪ねていると、
歌劇「魔笛」の草稿が目に飛び込んできました。
その譜面には何度も書き直した苦心の様が表されていて、
隅には苛立ちからペンで突き刺したあとがいくつもあったと言います。

「魔笛」は病に苦しんだ最晩年の作品だからということもあるでしょうが、
モーツァルトにもそうした面があったのかと思うと、なぜか安堵を感じます。

そんな「魔笛」と同じ年に書かれた最後の作品が、名作として名高い「レクイエム」です。
「魔笛」の完成も近づいた、1791年7月のある日、見知らぬ男がモーツァルトを訪ね、
レクイエム作曲の依頼と謝礼について書かれた、無署名の手紙を差し出しました。

経済的に厳しかったこともあり、モーツァルトはすぐにこの仕事を引き受けました。
ただ、自身の体調がすぐれず、鬱々とした精神状態でのこの依頼は、
何か不吉なものに感じられて、モーツァルトはショックを受けずにいられませんでした。

やがて彼は、あの男は死の世界からの使者であり、
この作品は自分のためのレクイエムではないかと考えるようになりました。

歌劇「ドン・ジョバンニ」の台本作家ダ・ボンテにあてた手紙では、
「最早、私の生命の終わりが近づいたと覚悟しています。
運命ならばあきらめなければなりません。これは私の葬儀の歌です。」
といったような内容を綴っています。

そしてそう予見した通り、レクイエムは彼の遺作となってしまいました。
それも、モーツァルト自身の筆で完成させることはできず、
弟子のジュスマイアーに未完部分の手はずを伝え、 その後間もなく意識を失い、
1791年12月5日に帰らぬ人となったのでした。

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レクイエム作曲中のモーツァルトは何かに憑かれたように作業を進め、
体力の衰えから筆が持てない時は、弟子に指図して代筆させました。
妻を含め周囲がもうやめた方がいいとすすめても全く聞かず、
床から起き上がれなくなっても作曲をやめることはありませんでした。

「魔笛」の作曲中にも何度も気を失ったというモーツァルト。
彼の音楽に対する執念ともいうべき情熱には、ただ頭が下がるばかりです。

モーツァルトの完全に調和した音楽は、どこからか降って湧いたものばかりではなく、
たゆまぬ努力と熱意の賜物でもあったのです。





モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626 “怒りの日”
W.A.Mozart:Requiem in D minor, K.626 "Dies Irae" [1:54]



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2012年11月23日


J.S.バッハ:カンタータ第106番《神の時こそ、いと良き時》BWV106 1. ソナティーナ

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♪素朴さの中にも天国的な響きを持つバッハ初期の教会カンタータ

200曲以上もあるバッハのカンタータの中でも特に人気の高い作品です。
バッハのカンタータを集めたCDでは、外せない楽曲のひとつになっています。

この曲はバッハが20歳代前半、ミュールハウゼンの聖ブラジウス教会の
オルガニストを務めていた1707年に作曲されたと見られ、
BWV131と共に彼の最初期に属する教会カンタータです。

作曲の詳細については不明で、歌詞の作者もわかっていませんが、
バッハ説や聖母マリア教会の牧師ゲオルク・クリスティアン・アイルマー説があります。
たしかなのは後の時代の筆写譜に「Actus tragicus(哀悼の式)」と書き込まれていて、
葬儀用の作品として作曲されたのは間違いないということです。

ただそれが誰のためなのか?にも諸説あり、エアフルトに没したバッハ自身の伯父、
トビアス・レンメルヒルトやアイルマーの妹ドロテア・ズザンナ・ティレズィウスなどが
想定され、さらに新たな説もありますが、どれも定かとは言えない状況です。

自筆譜は総譜、パート譜ともに消失していて、現存するのはいくつかの筆写譜の形で
ベルリン、ケルンの国立図書館、オックスフォードのボドリ文庫が所蔵しています。

当時のミュールハウゼンのオルガンの調律は特殊でピッチが高かったため、
合唱やオルガンはコアトーンの変ホ長調、ブロックフレーテのみはカンマートーンの
ヘ長調で記譜されていますが、新バッハ全集ではヘ長調が採用されています。

バッハの創作初期の素朴な作品として、とりわけこの楽曲を愛する向きも多く、
後のライプツィヒ時代のレチタティーヴォ-アリア−合唱(コラール)という形式ではなく、
曲想の異なる合唱やアリアが絡みながら進行することも興味を引く理由です。

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第1曲の「ソナティーナ」は合唱に先立って置かれた器楽のみのシンフォニアで、
2本のリコーダー(ブロックフレーテ)とビオラ・ダ・ガンバ、
そしてチェロやオルガンの通奏低音という至ってシンプルな編成です。
しかし奏でられる響きには、どこかこの世ならざる透明感、美しさがあります。

作曲時にはまだ、若干22歳の人生を知らぬ青年だったバッハですが、
その描き出す死生観には、年齢を超えた透徹としたものが感じられます。







J.S.バッハ:カンタータ第106番《神の時こそ、いと良き時》BWV106 1. ソナティーナ
J.S.Bach:Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit BWV106
1. Sonatina :Molto adagio



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2012年10月15日


ラフマニノフ:ヴォカリーズ Op.34-14 [弦楽伴奏版]

アンナ・モッフォ:名唱集
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アーティスト:Anna Moffo

♪ロシア的な叙情性を湛えたラフマニノフ屈指の名旋律

ヴォカリーズは元来、歌手の練習用に書かれた歌詞の伴わない、
Ahーなどの母音のみを発声する歌曲のことを意味します。
多くの作曲家がヴォカリーズと称する楽曲を書いていますが、
ラフマニノフの作品が突出して有名で、代名詞のようになっています。

1912年に作曲の14曲からなる歌曲集作品34の最後の曲として発表され、
当時から大変な人気を集め、様々な編曲版が生まれました。

まず原典は嬰ハ短調だったのをラフマニノフ自身がホ短調の管弦楽版に編曲。
その後はピアノ独奏版、器楽とピアノ伴奏版、ソプラノと管弦楽伴奏版など、
編曲や調性を変えた違った顔を持つヴォカリーズが、人々に知られることになりました。

歌手がうたう際は嬰ハ短調ですが、器楽ではホ短調が相場です。
またラフマニノフ自身はソプラノでもテノールでも構わないとしていますが、
伴奏の音域との兼ね合いなどからテノールで歌われることはまずなく、
古くからソプラノの名歌手たちが、優れた録音を残してきました。
その中でも特に知られるのが、アンナ・モッフォによる名唱です。

若い頃は美貌のコロラトゥーラ・ソプラノとして持て囃されたモッフォですが、
ここでは程よくこもった暗めの声が功を奏し、この曲特有の魅力を際立たせています。
ストコフスキーの指揮は、テンポを遅めにとりながらも決して重くならず、
あくまでモッフォの落ち着いた声を引き立てることに徹しています。

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多くの編曲版のひとつ、ドゥベンスキーによる弦楽伴奏の編曲も趣きがあり、
下手に管楽器を加えるよりも、作品の深みを引き出せていると思います。
モッフォに合わせたであろうハ短調という調性が、一層の厳粛さをもたらしています。

モッフォとストコフスキーの録音は今から20年程前に、NHK-FMで放送されていた、
「夜の停車駅」という江守徹さんがナレーションを務める番組のEDで使用され、
当時それが話題となり、CD店にも説明ポップ付で並んでいました。
現在では廃盤ですが、コンピレーション・アルバム(1)や輸入盤(推薦CD)で発売されています。

(1)日本盤「ヴォカリーズ・リラクゼーション」/輸入盤「Vocalise





ラフマニノフ:ヴォカリーズ Op.34-14 [弦楽伴奏版]
Sergei Vasil'evich Rachmaninov:Vocalise Op.34-14



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2012年09月25日


モーツァルト:戴冠式ミサ ハ長調 K.317 6. アニュス・デイ(平和の讃歌)

モーツァルト:戴冠式ミサ[教皇ヨハネ・パウロ2世により挙行された荘厳ミサ]
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アーティスト:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 カラヤン(ヘルベルト・フォン) システィナ礼拝堂合唱団 ウィーン楽友協会合唱団 教皇庁立教会音楽学院聖歌隊 シュミット(トゥルデリーゼ) バトル(キャスリーン)

♪ザルツブルク時代に作曲された最も知られるモーツァルトのミサ曲

未完を含めて20曲になるモーツァルトのミサ曲中、最も有名な作品です。
モーツァルトの教会音楽は前半生のザルツブルク時代に作曲が集中しています。
彼が仕えたザルツブルクの宮廷が、聖職者である大司教のものであったため、
教会音楽の需要が多くなるのは自然のことだったと考えられます。

1777年9月に職を求めて母親と共にマンハイム~パリに旅立ったモーツァルト。
しかし求職活動は実らなかった上に、パリでは母親を亡くしてしまいます。
結局1779年1月に憔悴のうちに帰郷したモーツァルトは、1780年11月にオペラ
『イドメネオ』の初演でミュンヘンに旅に出るまでの2年間をザルツブルクで過ごし、
この間にミサ曲とヴェスペレ(晩課)を作曲しています。
戴冠ミサ曲ハ長調はそれらの楽曲の中で最初に書かれた作品です。

完成は1779年3月23日で、同年の復活祭の祝日(4月4日)に、
ザルツブルク、聖シュテファン大聖堂での復活祭のミサで初演されました。
当時としては大規模な楽器編成で、華やかな祝祭的趣きがあります。
しかし楽曲の造りは無駄がなく、演奏時間は30分以内に纏められています。
これは大司教が長くないミサ曲を好んだことが影響しているとみられます。

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戴冠ミサは長らくザルツブルク郊外にあるマリア・プライン教会の、
年中行事である聖母像の戴冠式のために、作曲されたといわれてきました。
しかし、実際に聖母像の戴冠式が行われたのが1779年6月であるのに対し、
初演は4月に行われていたなど、現在ではその説に疑問が持たれています。

ではなぜ戴冠式の名がついたかといえば、1791年にプラハで行なわれた、
レオポルト2世の戴冠式でサリエリが指揮して以後に定着したとされています。
楽曲は全6章からなり、基本はミサ曲の形式を踏襲していますが、
モーツァルトは第4曲「サンクトゥス」と第6曲「アニュス・デイ」の間に、
第5曲「ベネディクトゥス」を独立した章として入れた構成をとっています。

マンハイム~パリの旅行がもたらした人間として、また音楽家としての成長が
作品の構成力や奥行きに格段の進歩をあたえている他、
まるでオペラのような魅力的な旋律が随所に登場するのが特徴です。
事実、第1曲「キリエ」の旋律はオペラ「コシ・ファン・トゥッテ」に再利用され、
第6曲「アニュス・デイ」前半でソプラノがソロで歌う美しい旋律は、
1786年のオペラ「フィガロの結婚」第3幕で伯爵夫人が歌う
アリア「楽しい思い出はどこに」として再び使用されています。
こうした親しみやすさが、多くのモーツァルトのミサ曲にあって、
戴冠ミサだけが繰り返し演奏される理由のひとつといえるかもしれません。

尚、フルオーケストラに近い楽器編成のこの作品ですが、
弦楽5部の中でなぜかヴィオラだけが扱われていません。
モーツァルトの木管楽器ではいくつかのパートが欠けることはありますが、
ヴィオラという弦の重要なパートが抜ける例はあまりありません。
これは当時のザルツブルクでは、ヴィオラを欠いた弦楽4部の編成が
一般的なオーケストラのスタイルであったためともいわれています。





モーツァルト:戴冠式ミサ ハ長調 K.317 6. アニュス・デイ(平和の讃歌)
Wolfgang Amadeus Mozart:Coronation Mass in C major, KV 317
6. Agnus Dei

6. Agnus Dei (KARAOKE)



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2012年04月08日


プーランク:愛の小径

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レビュー平均: 5.0点 (2人がレビュー投稿)
5.0点 懐かしい…
5.0点 やわらかく心に響く歌声
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メーカー:EMIミュージック・ジャパン
アーティスト:中丸三千繪

♪大女優イヴォンヌ・プランタンのためのシャンソン風なワルツ

フランシス・プーランクは1899年1月7日、パリの下町ソーセ広場に生を受けました。
父親エミールは、後に半国営化した化学工業会社を営む経営者。
母ジェニーは木工品を取り扱う職人の家系で、アマチュアのピアニストでした。

裕福な家庭で母から音楽の影響を受けて育ったプーランクは、
個人的にピアノや対位法を学んだことはあるものの、
音楽学校で正規の音楽教育は受けずに、作曲の力を身につけていきました。

プーランクの音楽はクラシックというジャンルに区分されながらも、
軽音楽も好んだ母親の影響か、ほとんど俗音楽に近い面もあります。
歌曲「愛の小径」も、クラシック歌手とシャンソン歌手の双方が取り上げています。

第二次大戦中、パリがドイツ軍によって侵攻されていた最中、
プーランクはバリトン歌手のピエール・ベルナクとともに慰問活動をしていました。
そしてパリから200キロ離れた疎開先の、ノワゼーに久しぶりに戻った際に、
ジャン・アヌイの芝居「レオカディア-Leocadia」の再開公演を受けて、
この舞台のための劇付随音楽を作曲することになったのです。


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「愛の小径」はこの舞台の第3幕で、劇中歌として歌われる歌曲。
『イヴォンヌ・プランタンのためのワルツの調べ』という副題の通り、
当時のフランスの花形歌手であり女優だった、イヴォンヌ・プランタン
(1894–1977)のために書かれ、初演もプランタンによって歌われました。

原曲はピアノ、クラリネット、コントラバス、ファゴットと特殊な編成で、
パリの小劇場が似合う室内オーケストラ的な響きです。
これが現在ではフルオーケストラからピアノのみの伴奏版まで、
様々に編曲され、ジャンルを越えて幅広く親しまれています。

歌の歌詞は別れた恋人との、愛の日々を追想する内容です。
失われてしまった、楽しく輝いた幸福な瞬間に思いを馳せながらも、
涙を微笑みに変えようという、フランス的なエスプリが感じられます。
これはそのままプーランクの音楽ならではの洒脱ともいえます。


プーランク:愛の小径
Francis Poulenc: Les chemins de l'amour

*作曲者の著作権が存続中のため、ストリーミング再生のみです。



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