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2010年09月06日


J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV1048 第1楽章

バッハ/ブランデンブルグ協奏曲<全曲>
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団
徳間ジャパンコミュニケーションズ(1997-05-21)
おすすめ度の平均: 5.0
5優しい響きのある演奏
5作品全体の姿を伝える演奏
5渋くて温かみのあるバッハ

♪弦楽器が九部からなる異色の弦楽合奏曲

一般的に協奏曲というとピアノやヴァイオリンなど固定の楽器と、
それに対して伴奏的な管弦楽のかけ合いというイメージですが、
ヴィヴァルディやバッハの時代にはソロをひとつに固定せず、
管楽器も含めて次々と独奏が替わる合奏協奏曲が全盛でした。

宮廷お抱えの専属楽団には腕利きの名手が多く、
そうした奏者たちが自慢の技術を見せる場でもあったのです。

ブランデンブルク協奏曲も原題を「種々の楽器のための協奏曲」といい、
各曲ごとにソロを担う楽器が違う合奏協奏曲の一種です。
独奏楽器群はフルートなどの管楽器とヴァイオリン、
合奏楽器群は弦楽合奏と通奏低音というのがオーソドックスなスタイルです。

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ただバッハは第5番で当時通奏低音に過ぎなかったチェンバロを前に出すなど、
その後のジャンルにも影響を与えるような革新的な試みもしています。

第3番は協奏曲的な趣きもなく、弦楽合奏と通奏低音のみのユニークな編成。
具体的にはヴァイオリン3、ヴィオラ3、チェロ3の弦楽器九部に、
通奏低音としてヴィオローネとチェンバロという異色の作品です。

弦楽器のみがこれだけ濃厚に絡み合う合奏曲も珍しく、
三部からなるヴァイオリンのかけ合いも楽しい弦楽合奏曲の傑作です。






J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.3 in G major, BWV 1048
1. Allegro
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第3番.mp3



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2010年07月25日


バルトーク:《管弦楽のための協奏曲》 第4楽章 「中断された間奏曲」

バルトーク:管弦楽のための協奏曲,弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽
ライナー(フリッツ)
BMG JAPAN(2007-11-07)
おすすめ度の平均: 5.0
5にわかには信じ難いが名盤。
5緊張感に富んだ、強く心に訴えかけてくる名演
5<名盤>とは何か

♪音楽仲間たちの友情から生まれた代表作

「若い頃の私にとって、美の理想はベートーヴェンだった」

バルトークほどに説明や定義付けの難しい作曲家も珍しいでしょう。
ブラームス、ワーグナー、そしてリヒャルト・シュトラウスといった、
ドイツ・オーストリア系音楽への傾倒から始まり、
19世紀〜20世紀にかけての激動の音楽の変遷の流れに乗って、
ドビュッシー、ストラヴィンスキー、シェーンベルクなど
改革者たちの影響を強く受けてきました。

また自身は故郷ハンガリーを中心とした民謡の収集、研究に熱心で、
これらが渾然一体となって古典、現代音楽、民俗音楽など、
様々な要素が感じられる独特の作風を持っていました。
ですから現代音楽の旗手といわれる反面、新古典派ともされるなど、
簡単にはジャンルに括れない特殊な作曲家がバルトークなのです。

ナチスの台頭と政治的軋轢から、故郷を離れ渡った先のアメリカで、
バルトークの音楽がまったく受けず、苦しい生活を強いられた背景には、
こうした彼の独特な作風を受け入れる土壌が、
当時のアメリカにはなかったためともみられます。
金銭的にも逼迫し、体調も芳しくない中でバルトークはうつ状態にありました。

「私はかなりの悲観論者になりました。どんな人をも、どんな国をも、
またどんなことをも信じられません。」とかつてのピアノの弟子に書簡を送ったほどです。

そんな彼を見かねて救いの手を差し伸べたのは、指揮者のフリッツ・ライナー、
ヴァイオリニストのヨーゼフ・シゲティといった、同郷の音楽家の友人たちでした。
バルトークへの援助をアメリカ作曲家協会(ASCAP)に働きかけた他、
指揮者のクーセヴィツキーが新作をバルトークに依頼した背景にも、
ライナーたちの配慮と促しがあったとされています。

こうして息を吹き返したバルトークが書き上げた傑作が「管弦楽のための協奏曲」です。
名手揃いのボストン交響楽団用に、各楽器が合奏協奏曲のように
活躍できる作りとなっているためこの名がつけられましたが、
全5楽章の面構えは交響曲と呼んでもいいほどに立派です。
白血病だった彼の"悲しい死の歌"から"生の主張"へと漸進的に推移していく、
内面の変化が全曲を通して描かれています。
この曲は彼にとってアメリカで最初の成功作にして、代表作のひとつとなりました。

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第4楽章にはショスタコービッチの交響曲第7番「レニングラード」の、
ナチスによるレニングラード侵攻を描いた戦争の主題が引用され、
それに対しトロンボーンがグリッサンドで「ブーイング」を示し、
木管楽器がケタケタと声をあげるような嘲笑を表しています。
またヴィオラによる第2主題はこの楽章の白眉ともいえる美しさです。
この旋律は19世紀ハンガリーの無名の作曲家からの引用も指摘されています。






Bartók Béla Viktor János:Concerto for Orchestra
4. Intermezzo interrotto
バルトーク:《管弦楽のための協奏曲》 第4楽章 「中断された間奏曲」.mp3



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2010年04月28日


ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77 第3楽章

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
オイストラフ(ダヴィッド)
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)(2007-09-26)
おすすめ度の平均: 5.0
5重厚で艶やかな第一級の名演
5風格溢れるブラームス
5イキのいい演奏が魅力

♪名手ヨアヒムとの交流から生まれた3大ヴァイオリン協奏曲

ハンガリー出身で19世紀の大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム。
彼はブラームスの音楽人生に欠くことのできない重要人物です。

1853年、ブラームスが伴奏を務めたエドアルト・レメーニは、
ウィーン音楽院でヨアヒムとヴァイオリンを学んだ旧知の仲でした。
以前からヨアヒムに憧れていたブラームスは演奏旅行が終わると、
レメーニと共にハノーヴァーのヨアヒム邸を訪れました。
この出会いがその後続くブラームスとヨアヒムの絆の始まりでした。

若きブラームスの才能を認めたヨアヒムは、リストに紹介状を書き、
後にブラームスの師匠となるシューマンに引き会わせました。
そしてシューマンが「新しい道」と題した論文でブラームスを称えたことで、
彼は広く世間に知られる存在となっていったのです。

こうした恩に報いるべく作曲されたブラームスにとって唯一のヴァイオリン協奏曲は、
彼が45歳になった時、ヨアヒムとのやり取りの末にようやく完成しました。
当初、4楽章の予定だったのを間のふたつの楽章をやめて、
新たにアダージョの楽章を入れた3楽章としたのもヨアヒムの助言によるものです。

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初演はライプチヒでブラームス自身の指揮、ヨアヒムの独奏で行われ、
「これはブラームスとヨアヒムの友情の木に宿った美しい果実だ」と、
評論家ハンスリックからも絶賛される大成功を収めました。

また、名ヴァイオリニスト、レオポルド・アウアーの
「ベートーヴェンとメンデルゾーンのヴァイオリン協奏曲以後に現れた
重要なヴァイオリン曲」という言葉から、
現在では所謂“3大ヴァイオリン協奏曲”と称されています。




J.Brahms:Violin Concerto in D major, Op.77
3. Allegro giocoso,ma non troppo - Vivace

http://classical-music.aki.gs/131-Brahms-Violin-Concerto-3rd.mp3


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2010年04月23日


ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調 第3楽章

ラヴェル:ピアノ協奏曲
ユンディ・リ
UNIVERSAL CLASSICS(P)(M)(2007-08-29)
おすすめ度の平均: 4.5
4気持ちいい演奏
4かっこいい☆
4上々!
5情緒面も不足ないダイナミックな熱演です
5素晴らしい飛躍

♪作曲家としてのガーシュウィンを評価していたラヴェル

ガーシュウィンがラプソディー・イン・ブルーを作曲したのは1924年。
ジャズ等を取り入れた画期的なこの作品の誕生から
7年後の1931年に、同じような趣向を持ったラヴェルの
ピアノ協奏曲ト長調は作曲されました。

両者を並べて比較してみると、形式の違いなどはあるとはいえ、
ラヴェルがガーシュウィンを意識したのは間違いないように感じます。
ト長調作曲の3年程前、ラヴェルはアメリカ演奏旅行を行っています。

その際、ラプソディー・イン・ブルーを生んだアメリカの音楽的空気を、
直にその肌で感じたのではないでしょうか?
だから次の演奏旅行用として、ト長調はあのような作品に仕上がったのだと思います。

1928年、ガーシュウィンは渡欧した際、ラヴェルに作曲の教えを乞いています。
しかしラヴェルは「あなたは既に一流のガーシュウィンです。
二流のラヴェルになる必要はありません。」と申し出を断っています。
ラヴェルが作曲家としてのガーシュウィンを認めていたことを示す逸話です。

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ところで第3楽章といえば必ず話題に上るのが、
登場する旋律がゴジラのテーマと同じではないか?という話です。
ゴジラ作曲者の伊福部昭さんは大のラヴェルファンでした。

ゴジラは1954年の作曲ですが、それ以前の作品にも同じ旋律は顔を出していて、
それらがラヴェルの影響であった可能性はかなり高いとみられます。
しかし音楽として伝わってくるものの質はまったく違っているので、
伊福部さんの中で咀嚼されたラヴェルがオリジナルとして再生されたとみるべきでしょう。




M.Ravel:Piano Concerto in G major
3. Presto

http://classical-music.aki.gs/Ravel-Piano-Concerto-in-Gmajor-3rd.mp3


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posted by アンドウトワ at 07:06 | 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日


ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11 第3楽章

ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番
ルービンシュタイン(アルトゥール)
BMG JAPAN(2007-11-07)
おすすめ度の平均: 4.5
5レコードの時代から
4初めて聴いた時は鳥肌もの!!
5繰り返し聴きたくなる

♪多くのクラシック作曲家たちの中でも圧倒的な人気

今年はショパンの生誕200年でブーム再燃の兆しが見えています。
先日見た朝日新聞の好きなクラシック作曲家のアンケートでも、
ベートーヴェンやシューベルト等を抑えてショパンは堂々2位でした。
1位のモーツァルトとの差も僅かで、その人気ぶりがうかがえます。

また現在、単独のアーティストで月刊誌があるのは、
クラシックではショパンとJ-POPではEXILEぐらいでしょう。

今日から公開の映画「のだめカンタービレ最終章 後編」でも、
主人公ののだめが演奏会で弾くショパンのピアノ協奏曲第1番が、
映画の主軸となる曲のひとつとして大きく扱われています。

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家庭でのピアノの所有率が3割近いと言われる日本。
クラシックファンでなくても楽器としてのピアノは好きという人も多く、
自ら弾いたりまた鑑賞したりと様々な形で親しまれていますが、
ではクラシックでピアノは?といえば、やはり圧倒的にショパンということになるようです。

日本人好みの親しみやすく甘美な旋律。
そして日本人が好きなピアノの代表的な作曲家として、
ショパンのこの国での人気には揺るぎないものがありそうです。




F.Chopin:Piano Concerto No.1 in E minor, Op.11
3.Rondo, Vivace

http://classical-music.aki.gs/Chopin-PianoConcerto-No1-3rd.mp3



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posted by アンドウトワ at 18:46 | 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月13日


ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11 第2楽章

ショパン:ピアノ協奏曲第1番・第2番
ツィマーマン(クリスティアン)
ユニバーサルクラシック(2009-04-29)
おすすめ度の平均: 5.0
5真の「協奏曲」録音


♪初恋の人コンスタンツィヤが初演の特別演奏会に出演

ワルシャワ音楽院で声楽を学ぶコンスタンツィヤ・グワトコフスカは、
ショパンと同い年の栗色の髪と澄んだ瞳の美しい女性でした。
同窓生である彼女に対してショパンは、
胸の内に押さえきれない感情の昂りを抱き始めていました。

コンスタンツィヤは美しい声と容姿で演奏会でも注目の的。
そんな彼女に対するショパンの想いは募るばかり…。

しかしとうとうその気持ちを、直接伝えることができませんでした。
こうした恋愛の最中に書かれたのが二つのピアノ協奏曲です。

「僕はコンスタンツィヤのことを思いながらこのアダージョを書いた」と、
友人に宛てた手紙でも知られるように、
第2番の第2楽章ラルゲットは彼女への感情の表現として有名です。

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そしてショパンがワルシャワを離れる直前の
1830年10月11日に行われた特別演奏会では、
自身のピアノ演奏による第1番初演のこの舞台にコンスタンツィヤが特別出演し、
故郷での最後の晴れ舞台に花をそえたといいます。

彼女への打ち明けられなかった初恋の想いを胸に、
ショパンはいよいよ音楽の都ウィーンへと旅立って行くのでした。




F.Chopin:Piano Concerto No.1 in E minor, Op.11
2.Romanze, Larghetto

http://classical-music.aki.gs/Chopin-PianoConcerto-No1-2nd.mp3



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posted by アンドウトワ at 01:57 | 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月07日


ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 Op.11 第1楽章

ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番
ブーニン(スタニスラフ)
EMIミュージック・ジャパン(2008-03-26)
おすすめ度の平均: 5.0
5キビキビとした演奏でありながら、かつ叙情的。
5ブラボゥでございます

♪故郷ワルシャワからの飛翔の想いを込めて…

ショパンは故郷ポーランドのワルシャワとウィーンをまたにかけ、
音楽家として活躍を始めた時期に二つのピアノ協奏曲を書きました。
ホ短調の第1番とヘ短調の第2番です。

出版の順番でこの番号になりましたが、実際の作曲順は逆です。
事実上の最後のピアノ協奏曲となった第1番を作曲時のショパンは、
まだ若干二十歳の将来有望な成功を夢見る青年でした。

こうした若い音楽家が楽壇に認められ、世間から評価されるには、
まず管弦楽による伴奏付きの華やかなピアノ曲を自作自演して、
演奏家として、作曲家としてアピールするのが当時の常でした。

ショパンが模範としたフィールドやフンメルらも、その例にはもれません。
ショパンにも管弦楽伴奏付きのピアノ曲はすでにいくつかあったものの、
3楽章からなるピアノ協奏曲としての作品はまだありませんでした。
そこで、これからの成功のためにも第1番、第2番のような協奏曲を作る必要があったのです。

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第1番の第1楽章は、ショパンの全作品の中でも最も長大な規模を持ち、
ピアノが始まるまでに4分近くも待たなければならないほど、
管弦楽の部分にも力を注いでいます。
そこにはベートーヴェンのような古典派にも通じる重厚感があり、
ショパンが自らのこれからに対して抱く意気込みさえ伝わってくるかのようです。

1830年10月11日、ワルシャワでの告別演奏会で
ショパン自身のピアノ独奏により初演されました。




F.Chopin:Piano Concerto No.1 in E minor, Op.11
1.Allegro maestoso

http://classical-sound.up.seesaa.net/Chopin-PianoConcerto-No1-1st.mp3



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