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2013年01月26日


サン=サーンス:組曲《動物の謝肉祭》から 第1曲 『序奏と獅子王の行進曲』

サン=サーンス:動物の謝肉祭
新品最安価格:24%OFF ¥ 1,215 (4店出品)
5.0点 『白鳥』はミッシャ・マイスキーのためにある
5.0点 踊りたくなってしまう
発売日:2010-03-24
メーカー:ユニバーサル ミュージック クラシック
アーティスト:アルゲリッチ(マルタ) バシュキローヴァ(エレナ)
クレーメル(ギドン)

♪動物たちの様々な生態をユーモラスに描いた組曲

1886年、サン=サーンスが51歳の時のことです。
すでに一流作曲家として認められていた彼は、愛らしいひとつの組曲を作りました。
様々な動物たちの生態を、音楽で描いた作品として有名な『動物の謝肉祭』です。

この年の始めにプラハとウィーンへ演奏旅行に出かけたサン=サーンスは、
オーストリアのクルディムという田舎町で、数日間の休暇を過ごしました。

この地で世話になった友人のチェリスト、シャルル・ルプークは、
自身が主宰する毎年の謝肉祭で催す音楽会のために、
新曲を作曲してくれるようサン=サーンスに依頼しました。
そこで彼は訪れた聴衆を驚かそうと、この作品を作ったといわれています。

「動物園の大幻想曲」という副題が示すとおり、
この組曲には実に様々な種類の生き物たちがユーモラスに登場します。
その中には人間も含まれていて、第11曲の「ピアニスト」では、
チェルニーの練習曲さえろくに弾けないピアニストの姿が描かれています。

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また曲の中には当時の人々に知られた名曲の数々が断片的に織り込まれ、
それがこの組曲のユーモアや面白さをひろげています。
例えば第4曲の「亀」には有名なオッフェンバックの『天国と地獄』序曲の
フレーズの一部が登場し、亀が這うようにノロノロと演奏されるといった具合です。

サン=サーンスは『動物の謝肉祭』を、余興程度にしか考えていなかったようで、
特に出版しようとはしませんでしたが、「白鳥」だけは個別に出版していました。
やはり本人もこの曲だけは特別だと思っていたようです。

組曲の全曲が友人たちの手にによって出版されたのは、
サン=サーンスが亡くなった翌年にあたる1922年のことでした。





サン=サーンス:組曲《動物の謝肉祭》から 第1曲 『序奏と獅子王の行進曲』 [2:08]
C.Saint-Saens:Carnival of the Animals Grand Zoological Fantasy
1. Introduction and Royal March of the Lion



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2013年01月08日


スメタナ:交響詩 《モルダウ》 (『わが祖国』より) [新録音2013]

スメタナ:わが祖国(全曲)
新品最安価格:13%OFF ¥ 1,084 (4店出品)
レビュー平均: 4.7点 (6人がレビュー投稿)
5.0点 わくわくと心躍る『わが祖国』の演奏。
5.0点 祖国ボヘミアへの熱烈な賛美と愛情
5.0点 聴く度に身震いがして来よる演奏
発売日:2006-01-18
メーカー:コロムビアミュージックエンタテインメント
アーティスト:アンチェル(カレル)

♪ボヘミア国民主義音楽の礎を築いた愛国心に満ちた作曲家

スメタナはボヘミア国民主義音楽の祖と呼ばれる19世紀の作曲家です。
1824年3月2日にチェコで生まれ、5歳で四重奏曲の演奏に加わり、
6歳で早くもピアニストとして、公衆の面前に姿を現していました。

作曲をモーツァルトに、ピアノをリストに習おうと決心していた青年スメタナは、
父親の意に背いてプラハに向かい、そこでカテリーナという少女と出会います。
二重奏を組んだ二人はそれで生計を立て、やがて恋仲になっていきました。

カテリーナの勧めで師事したヨーゼフ・プロクシは、
スメタナの才能を認め、無報酬で彼に音楽を教授しました。
やがてレオポルド・タン伯爵家の家つき楽長に就任したスメタナは、
これをきっかけに音楽家としての道を順調に歩み始めるのです。

当時のボヘミアは16世紀から続くオーストリアの統治下にありました。
しかし、19世紀初頭にヨーロッパに勃興した、国民主義的風潮はボヘミアにも及び、
ボヘミアは独立をめざす民族運動を起こしました。
これに動かされたスメタナは、1848年に革命学生部隊の行進曲を書き、
この結果、要注意人物として官憲に睨まれ、スウェーデンに走ったのです。

1856年、スウェーデンのゴーテボルクの音楽協会の指揮者に就任。
ここで成功を収めたものの、カテリーナは北の地で帰らぬ人となりました。
この間の1859年、オーストリアが仏伊連合軍に敗れて風向きが変わり、
国民が芸術意欲を取り戻したボヘミアへと、スメタナは1861年に帰って行きました。

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故国に戻ったスメタナは、最終的に8作となる国民歌劇の創作に乗り出し、
1863年に「ボヘミアのブランデンブルク家の人々」を、続いて1866年には代表作、
「売られた花嫁」を完成させ、国民の圧倒的支持を受けました。

しかし、1870年ごろからスメタナの耳は病に冒され始め、
ついにはベートーヴェンと同じく、まったく聴覚を失ってしまいます。
こうした苦難の中、書き上げられたのが、6曲からなる連作交響詩「わが祖国」です。

この中でも特に知られる第2曲「モルダウ」は、スマヴァの森に源を発し、
旧跡に富む山々の裾を通ってプラハを貫け、やがて海へと至る大河のことです。
木の葉から滴る水の音がピチカートで示され、それは徐々に集まって流れとなり、
水かさを増しながら奔流は森の側を通り過ぎて行きます。

聴こえてくるのは狩猟のラッパの響き、そして山裾には牧場や畑も見えてきます。
村では農民の結婚式が行われ、歌や踊りに宴もたけなわです。
やがて日が暮れると月光にきらめく水面には、水の精たちが密やかに舞っています。

再び流れを取り戻した奔流は、岩間に当たって砕ける激流となり、
それが収まると川幅を広げ、古き名城を映しながらプラハの都を貫け、
草原の彼方、遥かな海へと流れ去って行くのです。

交響詩「わが祖国」の完成後のスメタナは、歌劇「接吻」などの作品を書きましたが、
1884年5月12日、プラハの精神病院で息を引き取りました。
彼が残したボヘミア国民主義音楽は、ドヴォルザークなどによって
さらに発展し、立派に受け継がれていったのでした。


スメタナ:交響詩 《モルダウ》 (わが祖国より) [新録音2013] [13:48]
Bedrich Smetana:The Moldau (Vltava) from "My Country"

http://classical-sound.up.seesaa.net/Smetana-The-Moldau-2013.mp3



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2012年10月05日


ビゼー:アルルの女 第2組曲 第4曲 ファランドール [新録音2012]

ビゼー:カルメン
新品最安価格:¥ 2,590 (3店出品)
中古最安価格:16%OFF ¥ 1,000 (8店出品)
5.0点 Igor Markevitch, 1912-1983
5.0点 とびきりの名演
発売日:2006-08-23
メーカー:ユニバーサル ミュージック クラシック
アーティスト:マルケヴィッチ(イーゴル)

♪ビゼーの親友ギローの手によって完成した「アルルの女」第2組曲

1872年のこと、パリのボードヴィル座の支配人カヴァロは、
新作舞台劇のための付随音楽の作曲をビゼーに依頼しました。
カヴァロがパリのリリック座の支配人だった時から二人は旧知の仲で、
歌劇「真珠採り」や「美しいパースの娘」などもカヴァロがビゼーに依頼した作品です。
ビゼーの実力を知るカヴァロは、新作でも迷わずビゼーを起用したのです。

「アルルの女」はフランスの文豪ドーテが書いた短編集「風者小屋だより」の一編を、
ドーテ自身が三幕からなる戯曲に脚色した作品です。
フランスのプロヴァンス地方のアルルという町に近い農村が舞台で、
カマルグというこの村の旧家の長男フレデリの悲恋の物語です。

妖艶なアルルの女である少女に恋をしたフレデリは、周囲の反対もあって、
彼を慕っていた隣村のヴィヴェットという少女と結婚することを決意します。
しかし、フレデリとヴィヴェットの婚約の祝いの日に、
牧場番のミティフィオが、アルルの女とその日の夜に駆け落ちすると聞き、
フレデリは急にアルルの女への恋情から飛び出し、
嫉妬にかられて穀物倉庫の屋根から飛び降りて死んでしまうのです。

ビゼーはこの悲劇のために27曲の劇付随音楽を作曲しました。
劇は不評だったものの音楽は好評で、自信を持っていたビゼーは、
中から4曲を選んで演奏会用の組曲としました。
これが「アルルの女」第1組曲。
彼の死後、親友のエルネスト・ギローが4曲を選んでまとめたのが第2組曲です。

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有名な「メヌエット」と「ファランドール」を含む第2組曲は、
ギローの手腕によって今日の地位を得ているとも言えます。
まずフルートの旋律も美しい「メヌエット」は「アルルの女」の曲ではありません。
「美しいパースの娘」の二重唱のバックで流れる、
伴奏の旋律を抜き出して編曲し、第2組曲に転用しています。

また「ファランドール」はプロヴァンス民謡「3人の王の行進」に基づく旋律と、
民謡「馬のダンス」に基づく旋律が巧みに組み合わされています。
管弦楽法に長けたギローの力量が存分に発揮された「アルルの女」第2組曲。
このすばらしい組曲を語る際、彼の名はもっと前面に出るべきかもしれません。

(「3人の王」とは新約聖書に登場する、イエス・キリストが誕生したときに
彼のもとにやって来たとされる「東方の三博士」を指します。
したがってこの歌は、フランスではクリスマスの歌として知られています。)

*演奏と音響を改めた新たな録音音源です。





ビゼー:アルルの女 第2組曲 第4曲 ファランドール [新録音2012] [3:53]
Georges Bizet:L'Arlésienne Suite No.2 4. Farandole



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2012年09月19日


モーツァルト:セレナーデ第9番 ニ長調 K.320 「ポストホルン」 第6楽章

モーツァルト:アイネ・クライネ、ポストホルン
新品最安価格:13%OFF ¥ 1,391 (6店出品)
中古最安価格:19%OFF ¥ 1,280 (2店出品)
5.0点 アイネ・クライネならこれ
5.0点 ベーム翁らしい生真面目さが嬉しい。
5.0点 巨匠最晩年の音楽への愛に満ちている。
発売日:2009-10-21
メーカー:ユニバーサル ミュージック クラシック
アーティスト:ウィーン・フィルハーモニー ベーム(カール)

♪郵便馬車のポストホルンを取り入れた壮麗なセレナーデ

鉄道の無かったモーツァルトの時代の交通手段と言えば馬車です。
幼い頃からヨーロッパ各地を演奏旅行で周ったモーツァルトは、
もちろん馬車を移動に使い、多くの時間を馬車と共に過ごしました。

当時の馬車は郵便物を乗せ、郵便馬車としての役割も果たしていました。
この馬車が発車到着の合図に鳴らしていたのがポストホルンです。
バルブを持たず菅を巻き込んだだけのシンプルな楽器で、
角笛の進化形にしてコルネットの前身とも言えます。
バルブがありませんから自然倍音の三つの音(ドミソ)を駆使して演奏します。

セレナーデ第9番の第6楽章では、モーツァルトが旅の途上で何度も耳にしたであろう、
ポストホルンのフレーズが、中間部の第2トリオ(3:20)で登場します。
「ポストホルン」セレナーデの愛称はここに由来しています。

作曲時のモーツァルトは生まれ故郷のザルツブルクに帰り、
それまでの演奏旅行で得た成果を活かし創作に励んでいました。
しかし時の大司教に対して良い感情を持っていなかったモーツァルトは、
彼から離れてザルツブルクを立ちたいと思っていたようです。

作曲にあたってはそんな願いが出発を示すポストホルンに反映されたとか、
ザルツブルクを去る知人への思いをポストホルンの音に託したなど、
推測による諸説はあるものの、どれも定かではありません。

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第9番はセレナーデとしては楽器編成の規模が大きい立派な管弦楽作品です。
そのためモーツァルトはここから第1,5,7楽章を抜き出して、
新たに交響曲ニ長調として改編も試みています。
また現代でもロジャー・ノリントンなどの指揮者が第1,5,6,7楽章を抜き出し、
全4楽章の交響曲として演奏会で取り上げることがあります。

第6楽章の第1トリオ(1:13)にはフラウティーノという楽器の指定があります。
これはバロック時代にも存在したソプラニーノリコーダーとも呼ばれる楽器です。
(ヴィヴァルディはフラウティーノのための協奏曲を書いています)
しかし指定はあるものの、譜面のそのパートは空白になっています。
そこで演奏会では空白のまま、弦楽器のみが旋律を奏でたり、
弦楽器より高いオクターブで、ピッコロやリコーダーが同じ旋律を奏でたりします。
今回の配信では弦楽器のみの形をとっています。





モーツァルト:セレナーデ第9番 ニ長調 K.320 「ポストホルン」 第6楽章 [5:41]
Wolfgang Amadeus Mozart:Serenade for Orchestra No.9 in D major K. 320
Posthorn 6. Minuetto - Trio 1 & 2



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2012年09月06日


J.S.バッハ:カンタータ 第146番 1. シンフォニア BWV.146

バッハ:カンタータ全集(8)
中古最安価格:19%OFF ¥ 7,600 (3店出品)
4.0点 あの名手も参加しています。
4.0点 この巻の聴きどころ
発売日:2001-06-20
メーカー:ワーナーミュージック・ジャパン
クリエーター:アーノンクール(ニコラウス)(指揮) レオンハルト(グスタフ)(指揮) ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(演奏) レオンハルト合奏団(演奏)
時間:403(分)

♪チェンバロ協奏曲を用いた荘厳なシンフォニア

カンターター交声曲には、大きく分けて二種類の形態があります。
ひとつはルーテル派の礼拝の説教の前後に演奏された教会カンタータ。
これはその日に朗読する聖書の部分を歌詞で説明しています。

もうひとつは世俗カンタータと呼ばれる宗教とは無関係のもの。
これは主に領主や貴族の慶事の際に演奏されていました。
バッハで有名なものにコーヒーカンタータなどがあります。

しかしバッハに限って言えば、その作曲数の差は歴然としていて、
教会カンタータが二百曲以上に対して、世俗は二十曲程度です。
これにはバッハが長年、教会のオルガニストとして音楽を作り、
演奏も指導していたことが、大きく影響しているのは間違いありません。
また、バッハ自身が大変信仰に厚い人物だったことも、もちろん理由のひとつです。

二百に上る教会カンタータの内、百七十曲近くの作品が、
1723年以降のライプツィヒ時代に書かれていると言われています。
「目覚めよと呼ぶ声あり」のコラール「シオンは物見らが歌うのを聴く」や、
主よ、人の望みの喜びよ」を含むBWV147なども、
皆こうした多くの教会カンタータの中の一作品です。

BWV146にはある事実が潜んでいます。
それは第1曲と第2曲が、自身のチェンバロ協奏曲からの引用だということです。
チェンバロがオルガンに差し替えられ(オルガンはおそらくバッハ自身が演奏)、
第2曲にはカンタータらしく合唱が加えられています。
どちらがいいとは一概には言えませんが、
カンタータの方が奥行きや荘厳さが増しているようにも感じます。
バッハが引用したのも、そうした狙いがあったからかもしれません。

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ところで最近、日本のロックバンド、サカナクションの、
「バッハの旋律を夜に聴いたせいなんです。」という楽曲が、
YouTube動画などでも大変話題になっています。
ここで言う“バッハの旋律”とはどの曲なのか?についてですが、
歌詞にはチェロというワードがあるので、
これは無伴奏チェロ組曲などを想起させます。

そしてもうひとつの手がかりとして、1コーラスの終了後に、
チェンバロ(ピアノ)協奏曲第1番第1楽章のカデンツァが、
ピアノソロによって奏でられる場面があります。
実際のところどうなのかは不明ですが、サカナクションのファンの方は、
そのあたりにも想いを馳せて聴かれると、より面白いかもしれません。
尚、そのカデンツァは今回のシンフォニアの4:08頃にも登場します。





J.S.バッハ:カンタータ 第146番 1. シンフォニア BWV.146
J.S.Bach:Cantata No.146 Wir mussen durch viel Trubsal, BWV 146
1. Sinfonia



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2012年08月31日


スーザ:行進曲 ワシントンポスト

星条旗よ永遠なれ 〜スーザ : マーチ名曲集
定価:¥ 1,050
新品最安価格:18%OFF ¥ 860 (9店出品)
4.0点 スーザのマーチ集
5.0点 ブラスバンド
5.0点 行進曲の名人、スーザの名曲25
発売日:2000-06-21
メーカー:ワーナーミュージック・ジャパン
アーティスト:グレナディア・ガーズ・バンド

♪アメリカの新聞社ワシントン・ポストの依頼で作曲された行進曲

「ワシントン・ポスト」はアメリカのマーチ王スーザの代表的な行進曲。
星条旗よ永遠に」などと共に最も広く知られるスーザの作品のひとつです。

1889年、アメリカの新聞ワシントン・ポストはアマチュア作家協会を設立。
紙上で学生の文学作品のコンテストを開始しました。
その表彰式のための行進曲を、オーナーであるハットンとウィルキンスが、
当時アメリカ海兵隊楽団長であったスーザに依頼したのです。

それに応えて作曲されたこの曲は、同年6月15日の第一回表彰式で、
海兵軍楽隊によって初演されると、瞬く間に大ヒットしました。
ワシントン市のスミソニアン・グランドで行われた表彰式には、
ハリソン大統領をはじめとする要人たちが顔を連ねていたといいます。

この行進曲によって平凡な新聞だったワシントン・ポスト紙は一躍有名になり、
このことからある英国人ジャーナリストはスーザを“マーチ王”と呼びました。

「ワシントン・ポスト」はスーザバンドの演奏会では定番曲でした。
もしプログラムになくても、聴衆は演奏することを求めたと伝えられます。

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ワシントンD.C.にあるワシントン・ポスト・ビルには、
“ジョン・フィリップ・スーザ集会室”という名の部屋があり、
アメリカ海兵隊の真紅の制服を着た等身大のスーザの肖像画が、
スポットライトを浴びて飾られているそうです。

ワシントン・ポスト紙に世界的な名声と注目をもたらし、
合衆国にも貢献したスーザに対する賛辞が、そこには表されています。





スーザ:行進曲 ワシントンポスト
John Philip Sousa:The Washington Post



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2012年08月13日


ベートーヴェン:ヴァイオリンと管弦楽のための“ロマンス” 第1番 ト長調 Op.40

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
定価:¥ 1,250
新品最安価格:14%OFF ¥ 1,075 (4店出品)
5.0点 アッカルドの美音
5.0点 先入見なしに聴いて欲しい一枚です。
5.0点 この曲の長大さを感じさせない演奏です
発売日:2005-06-22
メーカー:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
アーティスト:ジュリーニ(カルロ・マリア)

♪楽聖のロマンティックな側面が表れたふたつのロマンツェ

2曲あるロマンスはベートーヴェンのロマン性が最も強く出た作品です。
正式にはどちらも「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」の名を持ちます。

実際に作曲された順は、作品番号とは反対になっています。
すなわちまず、第2番ヘ長調Op.50が1798年頃に書き上げられ、
それから4年後の1802年頃に、第1番ト長調Op.40が作曲されました。

どちらも夢見るような叙情性と甘美な曲調が特徴ですが、
第1番には落ち着き払った品格があり、第2番は流麗で女性的と言えるかもしれません。
一般的には旋律がはっきりした、親しみやすい第2番の方がより広く知られています。

ベートーヴェンは田園交響曲スプリング・ソナタ(ヴァイオリンソナタ「春」)などの、
自然を感じさせる牧歌的でのどかな曲に、しばしばヘ長調の調性を用いました。
そんなことからも、第2番ヘ長調からは女性的なものが感じられるのかもしれません。
そういえばロマンス第2番と「春」の第1楽章の主題はどこか似ています。

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さて、今回の主役第1番ト長調に話を戻しましょう。
この曲が書かれた1802年の大きな作品と言えば、ハイドン、モーツァルトから離れて
独自性を打ち出し始めた交響曲第2番があげられます。

そして、私生活のできごととしては何と言っても、
有名なハイリゲンシュタットの遺書が書かれたことに尽きます。
この年の5月から約半年間に渡るハイリゲンシュタットの滞在は、
ベートーヴェンに熟考の時を与え、その後の作曲に、いえ人生そのものに関わるような、
内的な変化をもたらしたことが遺書からはうかがえます。

というのも、死後の財産分与についての指示には、自殺の意図が読み取れますが、
同時に「牧人の歌が聴こえなかった時には、あわや自殺しようとしたこともある。
しかし、私の芸術だけがそうした思いから引き戻した。
生涯を終わらせずにこれたのも、徳と私の芸術のおかげだ。」
とも、10月6日と10日の2通の封書には記されているのです。

実際、遺書から程なくして、分厚いスケッチ帳を抱えてウィーンに戻った彼は、
自らの使命に目覚めたかのように、それまでにない筆致で次々と作品を仕上げ、
翌1803年から1804年にかけては、革新的な大作の英雄交響曲を完成させています。

ロマンス第1番ト長調の作曲の背景には、こうした激動の精神的変遷があったのです。
しかし、それを微塵も感じさせない程に、この曲はどこまでも穏やかで可憐です。





ベートーヴェン:ヴァイオリンと管弦楽のための“ロマンス” 第1番 ト長調 Op.40
Ludwig van Beethoven
Romance for Violin and orchestra No.1 in G major, Op.40



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2012年07月27日


レハール:ワルツ 《金と銀》 Op.79

ウィンナ・ワルツ・コンサート
定価:¥ 1,050
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5.0点 最高の「金と銀」
3.0点 金と銀
発売日:2002-06-21
メーカー:コロムビアミュージックエンタテインメント
アーティスト:ケンペ(ルドルフ)

♪稀代の旋律作家レハールの魅力がつまった名ワルツ

フランツ・レハールはハンガリーのコマーロム出身の作曲家です。
作曲のジャンルは交響詩やピアノソナタを含め、多岐にわたりましたが、
何と言ってもオペレッタでの成功が圧倒的です。
ヨハン・シュトラウス2世以降、最大にして最後の喜歌劇作曲家ともいえます。

1870年生まれのレハールは、吹奏楽団の隊長だった父から音楽を習い、
1882年から1888年まではプラハ音楽院に学びました。
そこで作曲した二つのピアノソナタがドヴォルザークの目にとまり、
作曲家になることを勧められました。

卒業後はエルベルフェルトの劇場の管弦楽団で第一ヴァイオリンを弾き、
その後は作曲の時間を作るため、父の楽団の楽長次席となり、
二十歳となった1890年からは、各地の楽団の指揮者を務めました。
そして1902年に喜歌劇「ウィーンの女」がヒットしたことを機に、
いよいよ作曲家としての道を本格的に歩み始めたのでした。

喜歌劇やそこから編曲のワルツなどが有名なレハールですが、
『金と銀』は始めから独立した管弦楽曲として作曲されたワルツです。
1902年の謝肉祭の間に催された、ある舞踏会のために作曲されました。
主催は当時のウィーン社交界の中心人物であったパウリーネ・メッテルニヒ侯爵夫人。

彼女は毎年、謝肉祭で開かれる舞踏会にテーマをつけていました。
レハールが作曲の依頼を受けた、その年のテーマは「金と銀」。
会場は銀色に照らされ、天井には金色の星が煌き、壁一面に金銀の飾りが付けられ、
参加者も金銀に彩られた思い思いの装飾を纏っていたと伝えられています。

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1902年1月27日に開催された舞踏会でお披露目されたワルツ『金と銀』は、
当初はウィーンでもあまり話題になりませんでしたが、譜面が出版されるとその年には、
ロンドン、ニューヨーク、パリ、ベルリン、モスクワとたちまち大ヒットを記録。
今日ではレハールの代表作として、また代表的なウィンナワルツとして世界中で愛され、
ヨハン・シュトラウス2世等の作品と共によく演奏されています。

魅力的な旋律が次々と並ぶ様は、師匠のドヴォルザークに勝るとも劣らずで、
類まれなメロディーメイカーとしての実力が存分に発揮されています。
シュトラウスの「美しく青きドナウ」と頂点を二分するワルツと言えましょう。





レハール:ワルツ 《金と銀》 Op.79
Franz Lehár:Walzer Gold und Silber Op.79



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2012年07月19日


リヒャルト・シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき Op.30 1. 導入部 [2012]

R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき、ドン・ファン
定価:¥ 1,800
新品最安価格:12%OFF ¥ 1,572 (6店出品)
中古最安価格:13%OFF ¥ 1,562 (1店出品)
発売日:2011-09-07
メーカー:ユニバーサル ミュージック クラシック
アーティスト:カラヤン(ヘルベルト・フォン)
時間:70(分)

♪ニーチェの未完の詩作から得たインスピレーションによって作曲

「ツァラトゥストラはかく語りき」は、ドイツの哲学者ニーチェの未完の哲学的詩作です。
主人公のツァラトゥストラはゾロアスター教の開祖とされるペルシャの伝説的人物。
彼は13歳で故郷を捨て山に入り、10年間の瞑想生活を過ごします。
そしてある朝、日の出と共に目覚め、太陽に悟りを得たことを告げるのです。

山を降りた彼は俗界に帰り、予言者として新たな思想を説き始めます。
自分の知恵を人間のおごりが謙虚になるまで、不満足が満足になるまで
分け与えたいと考えるこの主人公こそが、他ならぬニーチェ自身の象徴であり、
「ツァラトゥストラはかく語りき」は、ニーチェの哲学的思索の集大成とも言える作品なのです。

若い頃、ミュンヘンの大学で哲学を専攻し、ニーチェの思想に共鳴したシュトラウスは、
「ツァラトゥストラ」に感銘を受け、そこから得た霊感を元に1曲の管弦楽曲を書き上げました。
それが標題を「ツァラトゥストラはかく語りき」とした、作品30の交響詩です。

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シュトラウスはスコアの冒頭に、ニーチェの原著から序文を掲げていますが、
この交響詩はニーチェの著作の音楽化を試みたのではなく、
シュトラウス自身の言葉によれば、「人類の発展の観念がその起源から様々な経過をたどり、
ニーチェの超人の観念に至るまでを音楽で表そうとした」作品です。
シュトラウスは標題に添えて「ニーチェに自由に従った」とも記しています。

この交響詩は導入部と8つの章で構成され、切れ目なく演奏されます。

1. Einleitung (導入部)
2. Von den Hinterweltlern (世界の背後を説く者について)
3. Von der großen sehnsucht (大いなる憧れについて)
4. Von den Freuden und Leidenschaften (喜びと情熱について)
5. Das Grablied (墓場の歌)
6. Von der Wissenschaft (学問について)
7. Der Genesende (病より癒え行く者)
8. Das Tanzlied (舞踏の歌)
9. Nachtwandlerlied (夜の流離い人の歌)

1896年の2月にミュンヘンで作曲が始まり、同年の8月24日に完成。
11月27日に、フランクフルトの博物館協会のコンサートにおいて、
シュトラウス自身の指揮によって初演され、大きな反響と反論を呼びました。

導入部が映画「2001年宇宙の旅」で使用され、一躍有名になったのはご存知の通り。
当初、レコード会社の意向により指揮者・演奏団体が伏せられたため、
カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルハーモニーの演奏がサントラ盤に収録されていましたが、
実際はカラヤン指揮のウィーン・フィルハーモニーの演奏で、後年サントラも入れ替えられました。

録音の会場となったウィーンのゾフィエンザールにオルガンがなかったため、
導入部最後のパイプオルガンの和音は、郊外の教会で別録りしてミックスされました。
ウィーン・フィルとの共演を望み、デッカの録音技術に惚れ込んでいたカラヤンが、
それまで専属だったEMIからデッカに移籍して最初の録音がこの作品でした。

*楽曲ファイルは演奏と音響を改めた新録音です。





リヒャルト・シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき Op.30 1. 導入部 [新録音2012]
Richard Strauss:Also sprach Zarathustra Op.30
1. Einleitung



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posted by アンドウトワ at 15:30 | 管弦楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする