スポンサードリンク




2012年12月22日


ラフマニノフ:交響的舞曲 Op.45 第1楽章 [2台ピアノ版]

ラフマニノフ:2台のピアノのための組曲第1番・第2番
定価:¥ 1,050
新品最安価格:14%OFF ¥ 903 (5店出品)
5.0点 ラビノヴッチとのピアノ・デュオのはじまり
5.0点 情熱的かつ繊細
3.0点 良い演奏ですが…
発売日:2002-01-23
メーカー:ワーナーミュージック・ジャパン
アーティスト:ラビノヴィチ(アレクサンドル) アルゲリッチ(マルタ)

♪自身にとって集大成ともいえるラフマニノフの白鳥の歌

《交響的舞曲》は1940年に作曲された、ラフマニノフにとって最後の作品です。
この曲のプランが立ち上がったのは、遡ること25年前の1915年。
この時点でラフマニノフは新しいバレエ音楽の構想を持っていました。
そしてこの時にスケッチされたモチーフの数々が、後の完成時に活かされるのです。

本格的な作曲に先立って、まず2台ピアノのための版が8月10日に完成されました。
2台ピアノ版の初演はラフマニノフの自宅で開かれた私的な演奏会で、
作曲者自身とウラディミール・ホロヴィッツの共演により行われました。
この版には作品45aという作品番号が与えられています。

2台ピアノ版の完成後、ラフマニノフは指揮者のユージン・オーマンディに宛てた
8月21日付の手紙の中で、新しい交響的作品を作曲中であること、
そして完成後にそれをオーマンディと、当時オーマンディが音楽監督を務めていた
フィラデルフィア管弦楽団に献呈したい旨を述べていました。
この時点でラフマニノフは『幻想的舞曲集』として着想しており、
各楽章に「真昼」、「黄昏」、「夜中」という標題を付すことも構想していました。

9月22日に開始されたオーケストレーションは、5週間後に完成しました。
その間ラフマニノフは1日14時間もこの曲に取り組んでいたといわれます。
作品に自信を持ち、自身で“最高の作品”であると考えていた彼は、
この楽曲が早くバレエとして具体化することを心待ちにしていました。

スポンサードリンク


ラフマニノフはオーケストレーションの完成前にこの作品を、
振付師ミハイル・フォーキンにピアノで披露していました。
フォーキンは以前にも、ラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』を、
バレエ化した舞踏家で、今回もフォーキンの振付けが構想されていたのです。
しかし、ふたりの間の交渉はうまく進まず、初演の翌年の1942年に
フォーキンが亡くなったため、この構想は実現には至りませんでした。

オーケストレーションは10月29日に完成し、各楽章の標題は破棄されて
3つの楽章からなる《交響的舞曲》として発表されました。
初演は1941年1月3日にユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団に
よって行われ、好評を以て迎えられました。

しかし批評家の評価は芳しくなく、”古い手法の焼き直し”などと言われましたが、
緻密な構成力と高い技巧性から今日では、ラフマニノフの集大成ともされています。
こと第1楽章中間部(3:46)でサクソフォン(ここではピアノ)が奏でる旋律は、
ラフマニノフならではの哀愁と寂寥感を湛えています。

作曲者は楽譜の最後に自身の手で「主よ、あなたに感謝します」と記しました。
「何が起こったのか自分でもわからないが、多分これが私の最後の煌きになるだろう」
と述べた通りに、《交響的舞曲》はラフマニノフの白鳥の歌となったのでした。





ラフマニノフ:交響的舞曲 Op.45 第1楽章 [2台ピアノ版] [11:49]
Sergei Vasil'evich Rachmaninov:Symphonic Dances Op.45
1. Non allegro [2 Pianos]



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 06:50 | 器楽曲・Piano | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月11日


ラフマニノフ:幻想的小品集 Op.3 第1曲 エレジー(悲歌)

ラフマニノフ・プレイズ・ラフマニノフ
定価:¥ 3,059
中古最安価格:¥ 6,999 (3店出品)
5.0点 最上の演奏、そして復刻
5.0点 極上のラフマニノフ
4.0点 正直、微妙
発売日:1999-02-01
メーカー:マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
アーティスト:ラフマニノフ(セルゲイ)

♪ラフマニノフならではの感傷的な旋律を持つピアノ小品

ラフマニノフの父母はともに裕福な貴族の家系の出身でした。
父方の祖父はノクターンの創始者として知られる英国のピアニストで作曲家の、
ジョン・フィールドに師事したこともあるアマチュアのピアニスト。
母方の祖父は著名な軍人でした。

父ヴァシーリイは音楽に素養があり、子供たちにピアノを弾いては聴かせていました。
ラフマニノフが後に作曲した『V.R.のポルカ』は、父が演奏した曲が元になっています。

こうした恵まれた環境に生まれ育ったラフマニノフでしたが、
家は徐々に没落し始め、9歳の時ついに一家は破産。
オネグの所領は競売にかけられ、ペテルブルクへの移住を余儀なくされました。

しかし音楽の才能を認められた彼は、奨学金を得てペテルブルク音楽院に入学し、
やがてモスクワ音楽院に転入して、ニコライ・ズヴェーレフにピアノを学びました。
ズヴェーレフ邸を訪れた多くの著名な音楽家たちのひとり、チャイコフスキーは、
ラフマニノフの才能を認め、特に目をかけていました。
またラフマニノフもチャイコフスキーを崇拝し、その芸術を理想としました。

幻想的小品集はラフマニノフがモスクワ音楽院を卒業した翌年1892年の作品で、
第2曲『前奏曲 嬰ハ短調 《鐘》』は、彼の名を一躍知らしめた初期の名作です。
『エレジー(悲歌) 変ホ短調』はそのひとつ前、小品集の第1曲として置かれています。

スポンサードリンク


幻想的小品集はラフマニノフがまだ19歳の頃の作品ですが、
『エレジー』にはすでに、後に続く彼の作風が形として示されているのがわかります。
またこの曲には作曲者自身のピアノロール録音も残されていて、
CDなどを通してその再現演奏に触れることが可能です。
自身の演奏は流れるような速めのテンポが特徴的です。

モスクワ音楽院でのラフマニノフは、アントン・アレンスキーに和声を、
セルゲイ・タネーエフに対位法を学んでいますが、
幻想的小品集は師であるアレンスキーに献呈されています。





ラフマニノフ:幻想的小品集 Op.3 第1曲 エレジー(悲歌)
Sergei Vasil'evich Rachmaninov:Morceaux de fantaisie Op.3
1. Elegie in E-flat minor



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 20:06 | 器楽曲・Piano | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月05日


ショパン:エチュード第24番 ハ短調 Op.25-12 《大洋》

ショパン:練習曲集(全27曲)
定価:¥ 1,800
新品最安価格:12%OFF ¥ 1,572 (8店出品)
4.0点 いろんな意味で
5.0点 すばらしいショパン
5.0点 最高やね
発売日:2009-05-20
メーカー:ユニバーサルクラシック
アーティスト:アシュケナージ(ヴラディーミル)

♪24の練習曲の最後を飾る力強い作品

エチュード第24番『大洋』は、作品25の12曲を締めくくる堂々たる名曲です。
有名な作品10の終曲『革命』のエチュードと同じハ短調ですが、
その内容や訴えてくるものの大きさにおいて、『革命』をも凌駕しています。

『大洋』が作曲された1835年のショパンは、10月にパリに帰る途上で倒れ、
吐血するほどの決して軽くはない病状に苦しんでいました。
1835年から1836年にかけての冬には、ショパンの病状は特に悪化しました。

部屋に閉じこもり、姿を見せないこともあり、1835年12月の最初には、
ショパンが重体という噂が流れ、クリスマスにそれは「死に掛け」に変わり、
ついにはワルシャワでは、ショパンは死んだとまで囁かれるほどでした。

『大洋』に描かれる重苦しさは、こうした苦境の反映とも受け取れます。
その姿は苦しさにのた打ち回りながらも、何かをつかもうとしているかのようです。
しかし楽曲中には時折り、ハ長調-変イ長調の穏やかな部分が顔をのぞかせます。

ショパンはパリへ帰る途中のドレスデンで、ワルシャワ時代に親交のあった
ポーランド人貴族のヴォジンスキ伯爵一家に会っていますが、
ここで5年前にポーランドで顔見知りだった娘のマリアに再会しています。

16歳になったマリアは知的で芸術の才に優れる、魅力的な女性になっていました。
ショパンはそんなマリアに恋してしまい、翌1836年の9月にはドレスデンに戻ると
すぐに彼女にプロポーズ、彼女もまた求婚を受け入れたのです。

スポンサードリンク


結局この結婚はマリアがまだ若かったことや、ショパンの病状から無期限延期、
そして最後には完全な破談となってしまうのですが、
闘病の最中、たとえ一時でも愛するマリアの存在が、
彼にとって救いになったであろうことは想像に難くありません。
『大洋』の穏やかさにはこうしたマリアの影響があったとも考えられるのです。

しかし、全体としてのハ長調のスケールの大きな終結からは、
もっと大きな生きることそのものへの希望、決心が感じられます。
ハ短調からハ長調といえば、ベートーヴェンの『運命』を思い起こしますが、
ショパンも少なからずそうした強い心を、この曲に込めたのかもしれません。





ショパン:エチュード第24番 ハ短調 Op.25-12 《大洋》
Frederic Chopin: Etude No.24 in C minor, Op.25-12 "Ocean"



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 18:26 | 器楽曲・Piano | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月29日


J.S.バッハ:カンタータ第106番 BWV106 1. ソナティーナ [ピアノ版]

Kurtag: Jatekok / Marta and Gyorgy Kurtag
定価:¥ 1,912
新品最安価格:37%OFF ¥ 1,192 (9店出品)
5.0点 極美の音の遊戯
発売日:2000-03-07
メーカー:Ecm Records
クリエーター:György Kurtág(Piano) Márta Kurtág(Piano)
フォーマット:CD Import from UK

♪ピアノ・トランスクリプションでも輝きを失わないバッハの音楽

J.S.バッハのカンタータBWV106から、第1曲『ソナティーナ』を取り上げるにあたり、
閲覧した様々な資料の中にあって、特に印象に残る動画がありました。

それはルーマニア出身のハンガリーの作曲家クルターグとその妻による、
同曲のクルターグ自身による、ピアノ・トランスクリプション版の演奏で、
夫妻が1台のピアノの前に並んで、4手で慎ましやかに演奏するというものでした。

クルターグは現在86歳になる、フランスのボルドー近郊に在住の現役作曲家です。
バルトークの影響のもと、音楽家人生を歩み始めたクルターグは、
民族主義とも西洋の前衛主義とも異なる、独自の作風を展開してきました。

1970年代から西ヨーロッパでも評価を集め始めたクルターグの音楽は、
1980年代には発表作の成功で、世界的に認められるところとなり、
現在では多くの演奏家にリスペクトされる、巨匠の作の地位を築いています。

来日していないこともあり、日本ではあまり知られていない作曲家ですが、
1973年から継続中のピアノのための『遊び(Jatekok)』は、
子供から大人までが幅広く取り上げる作品になっています。

スポンサードリンク


クルターグは『トランスクリプション マショーからバッハまで』という作品で、
コラールを中心としたバッハ作品数曲のトランスクリプションを手がけています。
前述の夫妻連弾による『ソナティーナ』は、ここからの1曲です。

クルターグによる4手のトランスクリプション版は、2本のリコーダーのユニゾンを、
オクターブに振り分けることで、音を当たらせずに表現していますが、
ここではバッハの音譜をできるだけそのままに、音色だけはピアノに替え、
ユニゾンは1音に絞り、ソロピアノ版としての演奏で録音してみました。




クルターグ夫妻によるピアノ連弾



J.S.バッハ:カンタータ第106番 BWV106 1. ソナティーナ [ピアノ版]
J.S.Bach:Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit BWV106
1. Sonatina :Molto adagio [Piano arr.]



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 16:42 | 器楽曲・Piano | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月21日


ガーシュウィン:アイ・ガット・リズム

ジョージ・ガーシュウィンのピアノ音楽
定価:¥ 1,575
中古最安価格:¥ 1,968 (3店出品)
発売日:1998-11-15
メーカー:ダブリューイーエー・ジャパン
アーティスト:ボルコム(ウイリアム)
フォーマット:Limited Edition
時間:37(分)

♪ポピュラー作曲家ガーシュウィンとしての代表的なヒット曲

ラプソディ・イン・ブルー」でシンフォニック・ジャズを確立させ、
クラシック作曲家としても認められる以前のジョージ・ガーシュウィンは、
兄で作詞家のアイラと組み、ポピュラーのヒット曲を連発していました。

わけても新進の音楽家だったガーシュウィンを有名にしたのは、
1919年に彼が21歳で発表したスタンダードナンバー「スワニー」です。
作詞はアーヴィング・シーザー。流行歌手アル・ジョルソンによって歌われ、
楽譜やレコードがそれぞれ数百万ずつ売れる大ヒットを記録しました。

「アイ・ガット・リズム」もポピュラー作曲家としての彼を代表する曲です。
1930年のミュージカル「ガール・クレイジー」の劇中で、主人公ダニーが
観光牧場を開園する際、彼を助けてきた妻ケイトが陽気に歌います。

元は1928年のミュージカル「トレジャー・ガール」のために作曲され、
そこではスローな曲調でしたが、「ガール・クレイジー」で使うにあたって、
今も知られるようなアップテンポの曲に書き直されました。

♪わたしにはリズムがある 音楽がある 恋人がいる
 他に何が必要だっていうの?

この曲の独特なコード進行は後に「リズムチェンジ」と呼ばれ、
チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピー作曲の「アンスロポロジー」、
ソニー・ロリンズ作曲でマイルス・デイビスと共演の「オレオ」などを生み、
現在でもジャズの基礎的なコード進行と見なされています。

1951年のミュージカル映画「巴里のアメリカ人」では、
主演のジーン・ケリーがフランス人の子供たちに英語を教えるシーンで登場。
“I got”と歌うたびに彼がタップダンスを踊っています。
この映画は11曲のガーシュウィンの作品に彩られています。

ガーシュウィンは後年、「ソングブック」という自らの作品集に、
「アイ・ガット・リズム」をピアノ独奏用に編曲して収録しています。
独奏版はジャズ的な即興性を排しスウィング感を抑えた、
オーソドックスなピアノ曲のスタイルに沿ったつくりになっています。

スポンサードリンク


また、「アイ・ガット・リズム」変奏曲という管弦楽を交えた作品もあり、
ここではピアノとオーケストラが協奏曲のように華やかに共演しています。
この変奏曲はシェーンフェルドによる編曲です。

「ラプソディ・イン・ブルー」はグロフェに編曲を頼った作品でしたが、
その後は独学で研鑽を積み、ピアノ協奏曲ヘ長調や「パリのアメリカ人」、
そしてラプソディ第2番などで、見事な管弦楽の腕前を披露しています。





ガーシュウィン:アイ・ガット・リズム
George Gershwin:I Got Rhythm



ブログパーツ
posted by アンドウトワ at 04:00 | 器楽曲・Piano | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする