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2017年03月09日


グラナドス:組曲「ゴイェスカス〜恋するマホたち」第4曲「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」

グラナドス:ゴイェスカス 他(期間生産限定盤)
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SMJ(2015-05-19)
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♪愛する妻に捧げられたメランコリックなピアノ曲

「スペインのショパン」とも呼ばれる作曲家・ピアニストのグラナドスは乗船が大嫌いでした。

演奏会のためにマジョルカ島に船で渡った際、グラナドスは船室に閉じこもって時計を睨んで過ごし、
バルセロナに戻ったときにはもう二度と船には乗らないと友人たちに宣言したといいます。

そんなグラナドスが奇しくも、嫌っていた船旅により命を落としたのは、何かの因縁でしょうか?

グラナドスは1911年にゴヤの絵画に触発され作曲した、ピアノ組曲『ゴイェスカス』を、
自ら2幕もののオペラに改作し、パリでの初演を計画していました。
しかし、第一次世界大戦の勃発で断念したところへ、アメリカのメトロポリタン歌劇場から
ニューヨークでオペラ『ゴイェスカス』を初演したいとの申し出がありました。

夫妻での列席を求められたものの、船旅が嫌いなグラナドスは、ためらった末にこれを受け、
1916年1月、ニューヨークで行われたオペラの初演は大成功となりました。
ウィルソン大統領の招きによりホワイトハウスで演奏会を開くことになったグラナドスは、
予定していたスペインへの直行便をキャンセルしてアメリカ滞在を延長しました。

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3月に入ってグラナドス夫妻が帰国のため乗船したサセックス号は、ロンドン経由で英仏海峡を渡航中、
3月24日にドイツ軍の潜航艇Uボートによる魚雷攻撃を受け、夫妻はその犠牲となってしまったのです。

グラナドスは救命ボートに引き上げられる際、波間に沈もうとする妻アンパロの姿を見つけました。
妻を助けようとした彼は再び海中に身を投じ、二人はもつれ合うように暗い波間に消えたといいます。

「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」は、グラナドスの最愛の妻アンバロに献呈されました。
組曲中で最も知られるこの曲は、窓辺で物思いに沈むマハと夜に鳴くうぐいすの情景を描いています。
マハとはマドリッドの下町の粋な女のことで、マホは粋な男を指します。

グラナドスの作品中、際立って物憂げなこの曲は、バレンシア地方の民謡が基になっています。
メランコリックな曲調が、どこかグラナドスと妻の生末を暗示しているかのようです。

オペラでは最後のクライマックスでマホが決闘に破れ、マハが見守る中死んでしまいます。
マハがマホを思う切なさを、うぐいすの声に託したのが「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」なのです。



組曲「ゴイェスカス〜恋するマホたち」より第4曲「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」
Enrique Granados:Goyescas - Los majos enamorados, parte I
4. Quejas, o la maja y el ruisenor [6:30]

http://classical.seesaa.net/Granados-Goyescas-4th.mp3



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posted by アンドウトワ at 12:24 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日


ブラームス:ワルツ第15番 変イ長調 Op.39-15 [新録音2017]

ブラームス:ハンガリー舞曲集、16のワルツ
アロイス&アルフォンス・コンタルスキー
ユニバーサル ミュージック(2017-01-25)
売り上げランキング:

♪家庭向けの音楽としても大変親しまれたワルツ集

“ブラームスのワルツ”として知られるこの愛らしいピアノ小品は、
ピアノのための連弾曲集《4手のためのワルツ集(16のワルツ)》Op.39の第15番です。

1865年に出版され、畏友エドゥアルト・ハンスリックに献呈されました。
出版された時代は家庭音楽への需要も高く、作曲者も予想外の売り上げを示しました。

反響の大きさを受けて、ほかに独奏版も発表されています。
また、ブラームス自身の編曲による2台ピアノ版(第1、2、11、14、15番)も発表されています。

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楽曲ごとに様々な性格の違いが見られ、スラヴ風の愁いを含んだもの、
ハンガリー風のにぎやかな曲想をもつもの、子守唄風のもの、
夜想曲風のものとさまざまで、いずれも親しみやすい小品なのが特徴です。

今回お届けする第15番は、曲集中で最も有名な楽曲です。
2017年1月現在、NHK Eテレ「2355」の“トビハゼのトビー”のBGMとしても人気です。

独奏版では平易に書き改められた、通常版とは調が異なる曲が存在します。
今回の演奏は、原調のイ長調から変イ長調に改められた独奏版です。


ブラームス:ワルツ第15番 変イ長調 Op.39-15 [新録音2017]
Johannes Brahms:Walzer No.15 in A-flat major, Op.39-15 [1:45]

http://classical-sound.up.seesaa.net/Brahms-Walzer-No15-2017.mp3



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posted by アンドウトワ at 10:05 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日


ショパン:バラード 第1番 ト短調 Op.23


ショパン:バラード&スケルツォ全集
ルービンシュタイン(アルトゥール)
BMG JAPAN (2007-11-07)
おすすめ度の平均: 5.0
5 清々しさの中にある味わい深さ
5 大人のショパン
5 素晴らしい


♪ドラマチックな叙情性をもったピアノ曲のバラード

バラードとは中世の吟遊詩人が竪琴を手に弾き語っていた、
物語性のある叙情的な歌が元来の意味です。

現代でもスローでドラマチックな歌をバラードとよく呼びますが、
テンポが遅めという点を除けば、大筋は同じ意味だと言えます。

ショパンはこのバラードを初めて、ピアノ曲として確立させました。
4曲あるバラードは、ポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィッチの詩に
インスパイアされて作曲されたと言われています。

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「バラード第1番」は作曲家としてのショパンにとってはごく初期の作品で、
4曲中でも特に高い人気を集めています。
陰鬱なト短調の第1主題に続いて登場する変ホ長調の第2主題(2:50)は、
いかにもショパンらしい叙情性に満ちた美しい旋律が印象的です。

シューマンも「大変優れた作品」と愛したこの曲は、シュトックハウゼン男爵に献呈されました。




ショパン:バラード 第1番 ト短調 Op.23
Chopin:Ballad No.1 in G minor, Op.23

http://classical-sound.up.seesaa.net/Chopin-Ballad-No1.mp3



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posted by アンドウトワ at 08:02 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モーツァルト:きらきら星変奏曲 K.265


モーツァルト:キラキラ星の主題による変奏曲 K.265
エッシェンバッハ(クリストフ)
ユニバーサル ミュージック クラシック(2005-12-14)
おすすめ度の平均: 5.0
5高品質な演奏
5非常に端正な演奏


♪フランスの流行歌を主題にした愛らしい変奏曲

1770年頃にフランスで流行した歌曲「ああ、お母さん聞いて」を主題にした12からなる変奏曲です。
この歌は若い娘が自分の恋のことを母親に打ち明けるという内容の、れっきとした恋愛の歌です。

1806年にイギリスの詩人、ジェーン・テイラーによって発表された、
後に「きらきら星」と呼ばれる替え歌が世界的に広まり、
モーツァルトの変奏曲の題名もこれをとって「きらきら星変奏曲」の名が一般的になりました。

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一見、簡単そうに聴こえる曲ですが、弟子の教育のために作曲されたといわれるだけあって、
様々な技巧が駆使され、それを淀みなく弾くことが要求される難曲とも言えます。
その分、変奏の醍醐味が存分に味わえる、手放しで楽しめる作品です。




モーツァルト:きらきら星変奏曲 K.265
Wolfgang Amadeus Mozart:12 Variationen uber ein franzosisches Lied
'Ah,vous dirai-je, maman' K.265(300e)


http://classical-music.sakura.ne.jp/Mozart-Twinkle-Little-Star.mp3



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posted by アンドウトワ at 07:32 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月03日


スクリャービン:《3つの小品》から 練習曲 嬰ハ短調 Op.2-1


アルバムの綴り〜ロシア・ピアノ小品集
トロップ(ウラジーミル)
コロムビアミュージックエンタテインメント(1998-05-21)
おすすめ度の平均: 5.0
5小品を侮るなかれ!


♪神秘的な独自の音楽世界を築いた異色の作曲家

スクリャービンは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した、ロシア出身の作曲家、ピアニストです。
モスクワ音楽院では、同じピアノ学科のラフマニノフと主席の座を分け合うほどの腕前で、
1オクターブにも満たない手の大きさながら超絶的な技巧を見せていました。

しかし、過度の練習などにより右手を痛めてからは次第に作曲にも力を入れるようになり、
ピアノ曲を中心にその他、5つの交響曲などを残しました。

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スクリャービンを語る上で外せないのが神秘学への傾倒で、
特にプラバツキーの神智学から大きな影響を受けています。
その関連から、色光ピアノという音と色を連動させる装置を用いたり、
音楽に視覚や嗅覚までも取り入れた総合芸術の創作に熱意を傾けていました。

その成果は主に後期の交響曲や未完の神秘劇などに反映されています。




スクリャービン:《3つの小品》から 練習曲 嬰ハ短調 Op.2-1
Aleksandr Nikolayevich Skryabin:Etude C♯minor, Op.2-1


http://classical-music.aki.gs/Skryabin-Etude-C-Sharp-minor.mp3



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posted by アンドウトワ at 14:50 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月21日


ショパン:ノクターン 第20番 嬰ハ短調 Op.72-2 「遺作」


ショパン:ノクターン、即興曲全
アラウ(クラウディオ)
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント (1997-07-02)
おすすめ度の平均: 4.0
4 カンタービレ


♪深く哀しく響くトリル… ショパン青年期の名作

ノクターンは英国の作曲家ジョン・フィールドが生み出した形式です。
フィールドがパリに滞在中に影響を受けたショパンは、
ノクターンを巧みに取り入れ、さらに芸術性を高めたものに昇華させました。
そして、ショパンを代表する形式のひとつにまでなりました。

第20番の「遺作」は彼が17,8歳の青年期の作品で、
死後に発見された遺品の数々の中から見出されました。
これは第19番も同じです。

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この曲の作曲当時のショパンには、コンスタンツィア・グラドコフスカという
一方的に思いを寄せる女性がいました。
それが大きく反映された自身の代表作「ピアノ協奏曲第2番」からの引用もあり、
なんとも言えず切なく哀しげな響きがあります。

元来は姉のピアノ練習用に書かれたようです。

ショパンのノクターンの中では第2番変ホ長調と並ぶ人気曲で、
映画「戦場のピアニスト」やテレビCMでも流れるなど広く知られています。




ショパン:ノクターン 第20番 嬰ハ短調 Op.72-2 「遺作」
F.Chopin:Nocturne No.20 in C♯minor, Op.72-2


http://classical-music.sakura.ne.jp/Chopin-Nocturn-20.mp3



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posted by アンドウトワ at 01:29 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月23日


ポール・マッカートニー(ザ・ビートルズ):レット・イット・ビー


ノルウェーの森~ザ・ビートルズ・クラシック
定価:¥ 3,000
新品最安価格:13%OFF ¥ 2,585 (7店出品)
レビュー平均: 4.5点 (4人がレビュー投稿)
4.0点 思わずニヤリ、のジャケットです
4.0点 数々のカバー作品に加えておきたい
5.0点 達人の演奏するビートルズが聴ける
発売日:2010-11-17
メーカー:日本コロムビア
アーティスト:1966カルテット


♪ビートルズ解散間近の心境をつづったラスト・シングル

1967年8月27日、信頼したマネージャー、ブライアン・エプスタインの突然の死を境に、
良好だったビートルズの結束と活動にも暗雲が垂れ込め始めます。
ジョンはヨーコという新たなパートナーとの活動に重点を置き、
ジョージはインド等の精神世界への傾倒を深め、それはソロ活動にも反映されていました。
そしてリンゴも俳優活動を始めるなど、4人が集まることは次第に減っていったのです。

しかしポールはビートルズであることにこだわり続けていました。
そしてもう一度、かつてのように4人で共に音楽を作ろうと呼びかけます。
そうして行われたのが、「ゲットバック・セッション」と呼ばれるスタジオ作業です。
このセッションは録音と共にスタジオ内を撮影した膨大な量のフィルムを残しました。
その映像がやがて、映画「レット・イット・ビー」として世に出ることになるのです。

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ビートルズのラスト・シングルにして代表作のひとつ「レット・イット・ビー」は、
この時の録音を元にそこに手を加えられ、約1年後にレコードが発売されました。
日本では特に人気の曲で、シングルとして138万枚を売り上げています。

「レット・イット・ビー」が生まれた背景として、こんな話が伝えられています。
ビートルズの終焉を止められずに悩むポールの元に、ある日亡き母メアリーが現れ、
「あるがままに すべてをあるがままに受け入れなさい」と諭したといいます。
この言葉がきっかけとなり、自らの心情も重ねた楽曲が書き上げられたのです。

ゴスペルをイメージして作曲したポールは、どうしたら演奏もそれらしくなるかを
キーボード・プレイヤーとして録音に参加していたビリー・プレストンに相談し、
彼のアイディアにより教会風のオルガンとコーラスがアレンジに加えられました。
また、シングルとアルバムではギターソロが大きく違っていますが、
前者は69年の録音、後者は70年の録音で、いずれもジョージの演奏です。

歌詞の「Mother Mary」について、ポールは前述の通り、自分の母のことだと言っていますが、
言葉だけを見れば、聖母マリアを意味すると受けとれないこともありません。
そのため翻訳では聖母マリア、あるいはマリア様としているケースもよく見かけます。

ビートルズ解散を前にしたポールの心境がよく表れた名曲です。
閉塞感漂う現代社会にあって、この曲の持つメッセージ性は益々強いものとなっています。



ケロオケ
ポール・マッカートニー(ザ・ビートルズ):レット・イット・ビー(ピアノ版)
Paul McCartney (THE BEATLES):LET IT BE (Piano)


ポール・マッカートニー(ザ・ビートルズ):レット・イット・ビー(管弦楽版)
Paul McCartney (THE BEATLES):LET IT BE (Orchestral)


*楽曲の著作権が継続中のため音源はストリーミング再生のみです



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posted by アンドウトワ at 19:47 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月08日


ギロック:《叙情小曲集》 第12曲 秋のスケッチ




♪叙情的で親しみやすい旋律が人気の作曲家

ウィリアム・ギロックは20世紀米国の作曲家、音楽教育家です。
作品は主として子供の音楽教育のために書かれているため、
シンプルで親しみやすく、バラエティに富んでいるのが特徴です。
また何と言っても旋律の美しさは天下一品で
「音楽教育界のシューベルト」とまで称えられました。

ミズーリ州出身のギロックはニューオーリンズで20年ほど
ピアノ教師をしながら子供のためのピアノ曲を作曲し、
後半生はテキサス州ダラスで作曲活動の他、コンクールの審査員、
音楽教師のユニオンの役員・講師として活躍しました。

ギロックはクラシックのみならずジャズやカントリーなど様々な音楽を取り入れて、
独特の魅力的なピアノ小品を多く作曲しました。
ですからクラシックとは言ってもどこか和声やその進行はポピュラー的な面もあり、
それがまた現代人への親しみやすさにもつながっています。

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代表作「叙情小曲集」は原題を「ロマン派様式による叙情的前奏曲集」と言い、
ショパンやドビュッシーの前奏曲などと同様、
24の調性で書かれた24曲から成っています。
中でも最も人気が高く、またギロックの代名詞的な曲が第12曲の「秋のスケッチ 」です。

映画音楽スタンダードのような雰囲気は、
ほとんどポピュラーピアノ曲と言ってもいいほどです。
巨匠たちの大曲の合間に、ほっとひと息こんな曲を差し入れて
聴いたり、弾いたりしてみるのはいかがでしょうか?




ギロック:《叙情小曲集》 第12曲 秋のスケッチ
William Gillock:Autumn Sketch


*楽曲の著作権が継続中のため音源はストリーミング再生のみです



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2014年07月26日


ドビュッシー:アラベスク 第1番 ホ長調 [新録音2014]

ドビュッシー : 月の光、亜麻色の髪の乙女
価格:
アントルモン(フィリップ)
ソニー・ミュージックレコーズ(1995-10-21)
売り上げランキング: 3201

♪それまでの西洋音楽の概念を覆したドビュッシーの音楽

独創的な楽風によってフランスの楽壇に旋風を巻き起こしたクロード・ドビュッシーは、
1862年、パリ郊外のサン・ジェルマン=アン=レーで生まれました。

父親は瀬戸物屋を営んでいましたが、クロードが二歳の時に転職。
一家がパリのモンマルトルに居を移すと、会社の経理係を始めました。

叔母にあたるルウスタン夫人は半ば母親代わりで、一家に経済的援助を行うなど
何かにつけ面倒を見ることを怠らず、クロードの音楽勉強の世話もしました。

そんな甲斐があってか、早熟の天才だった彼は11歳にしてパリ音楽院に入学。
ここでピアノ、和声、対位法の基礎を学び、さらに作曲学の教室で研鑽を積みました。
そして1884年のカンタータ「蕩児」でローマ大賞を受賞、ローマに3年間留学しました。

しかし、ローマから帰国したドビュッシーに対し、パリの楽壇は冷淡であり、
その独創的な音楽が認められるまでには、さらに数年の月日を要したのです。
ようやく彼が世間から認められたのは、32歳の作「牧神の午後への前奏曲」によってです。

当時のフランスの画壇では、マネ、ルノアール、セザンヌ、ゴーギャンといった大家が、
フランス印象主義を打ち立て、世界に影響を及ぼしていました。
ドビュッシーはこれを音楽の世界にも取り入れようとしたのです。

1889年に開催されたパリ万博は、ドビュッシーのインスピレーションを掻き立てました。
東洋の展示館で聴いた異国のリズムと旋律は、その後の作曲に大きく影響を表します。
ドレミソラの5音階による旋律はその代表例です。

ドビュッシーは日本の文化に憧れ、部屋には陶器や金魚鉢を置き、
壁には広重や歌麿の浮世絵を飾り、そこから作曲のイメージを膨らませました。
交響詩「海」が北斎の画から霊感を受けているのは知られた話です。

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こうした東洋的なイメージと、ワーグナーに影響された無調的な音楽観が、
ドビュッシー独自の印象派の楽風を築く土台になったのでした。

「2つのアラベスク」は、イタリア留学から帰ってすぐに作曲された、
ドビュッシーが26,7歳頃の初期のピアノ作品です。

当時パリで流行していたアラベスクという唐草模様は、
音楽やバレエなどの芸術にも言葉やイメージが取り入れられ、
アラベスクと名のつく作品を数多く生み出しました。

ドビュッシーもそうした流行に乗じて、2曲のピアノ曲を作曲しました。
それらが「2つのアラベスク」として1891年に出版されたのです。

2曲とも唐草模様の様に音が絡み合いながら展開していきますが、
トリル風のフレーズが主体の活発な2番に比べて第1番は、
流れるようなアルペジオの伴奏の上を、優しい旋律が寄り添うように漂っていきます。
テレビCMなどでも取り上げられることの多い、とても愛好される作品です。





ドビュッシー:アラベスク 第1番 ホ長調 [新録音2014][4:15]
Claude Debussy:Arabesque No.1 in E major



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posted by アンドウトワ at 13:51 | 器楽曲・ピアノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする