♪第21話:うつ病が少しずつ改善している新山妙子がイングリッシュホルンの独奏を披露
こんにちは。
CMSLシンフォニックオーケストラのフルート主席奏者の泉真佐子と、イングリッシュホルン奏者の新山妙子です。
真佐子:なんでこの二人でトークすることになったかというと…
妙子:ほんとは私ひとりで話すのを任されたんですけど、それじゃ心細いんで泉さんにもお手伝いをお願いしたんです。
真佐子:私なんかでいいの?
妙子:泉さんだからいいんです。気を使わなくて済みそうだから。
真佐子:はは、なんか微妙な感じもしますけど、ここは素直に受け止めておきます。ところで、最近はどうですか? 調子のほうは。
妙子:ぼちぼちです。でも前より死にたいと思うことが少なくなりました。オーケストラで目的ができたからかもしれません。
真佐子:そうなの? それはよかったじゃない。みんなも言ってたけど、新山さんのラヴェルの時のソロはほんとに感動した。うしろで吹きながらじ〜んときちゃった。
妙子:ありがとうございます。自分でも練習の時とはまた違った音が出てよかったと思います。
真佐子:うん、あれからラヴェルのピアノ協奏曲がほんとうに好きになったよ。ところで、最近ちょっとした出来事があったとか。
妙子:はい、つい3、4日前にいつも通る橋を渡っていたら、途中でおじさんが飛び降りようとしてたんですよ。
真佐子:あら、それで?
妙子:しばらく立ち止まって様子を見てたら、ほんとうに柵を乗り越えて川をのぞき込んだんで、急いで駆け寄って腕をつかみました。
真佐子:飛び込もうとしてたの?
妙子:はい、私が「おじさんダメですよ! そんなことされたら困ります」と言ったらおじさんは「どうせもうおしまいだ。いいから放してくれ」と手を振りほどこうとしました。
真佐子:大変…
妙子:なんとかおじさんを引っ張り込んで地面に座らせたんですけど、私も何て声をかけていいのかわからなくて「あの、助けちゃってよかったですか?」と聞いたんです。そうしたらおじさんが「えっ?」と言うので私は「せっかく死のうとしてたのに余計なことしたかもしれないと思って」と答えました。
真佐子:おじさんは何て言ったの?
妙子:しばらく私の顔をじっと見て、そのあといきなり大声で笑い始めたんです。「おもしろいこと言うね」って。
真佐子:たしかに、今死のうとしてた人にかける言葉じゃないかもね。
妙子:でも、よくドラマであるみたいに「生きていればきっといいことがありますよ」とか「努力すればいつか報われる日が来ます」みたいな心にもないことは言えないので、自然と思ったままを口にしただけなんです。
真佐子:そのあとおじさんは?
妙子:「なんだかわからないけど死ぬのが馬鹿らしくなったよ。ありがとね」と言って帰って行きました。一体何だったんだろう?って感じです。
真佐子:でも結局、妙子さんが人ひとりの命を救ったようなものじゃない。大変なことにならなくてよかったね。
妙子:おじさんが飛び込もうとした場所は、いつも私も通りながら「ここから飛び降りたら死ねるのかな」とのぞき込んでいた場所なんです。そんな私が「生きていればいいことがある」なんて言えないですよね。どの口がしゃべってんだっていう。
真佐子:まあ、たしかにそうかもしれないけど。
妙子:私、生きていてもいいことなんかないと思ってるし、努力は報われないし、生きることは只々「苦」の一文字だと思ってるんです。
真佐子:そうなんだ。
妙子:それでも生きなくちゃならない、嫌なことばかりでも、辛くても苦しくても、とにかく生きなくちゃならない… というのが実際の人生だと思うんです。
真佐子:まあ、考え方は人それぞれだから何とも言えないけど、ほら、私は観ての通りのお気楽、お調子者だからさ。あんまりそういう考え方はしないかな。
妙子:私はうつになってから、よく心理学とか心理療法の本を読むようになったんです。なんとかしてこの苦しみから逃れたいと思って。でもそこによく出てくるポジティブ思考とかプラス思考とかの考え方がかえって重荷になって、よけいに苦しくなってしまうんです。
真佐子:そうだね。プラス思考も度が過ぎるとかえって疲れちゃうかも。
妙子:それで最近は、本屋で心理学のコーナーのとなりにあるインド哲学の本も読み始めてるんです。
真佐子:へえ〜、すごい。
妙子:インド哲学は物事をあるがままに見るのが特徴で、たとえば雨が降ったら多くの人は「あいにくの雨」と嫌がりますよね。その一方で例えば農家の方だったら「恵みの雨」と感謝するかもしれません。そういうように物事は受けとめる人の立場や考え方によって良くも悪くもなるんです。
でも、インド哲学では雨をただ「水が蒸発して上空で雲になり、それが集まって地上に落下する現象」とのみとらえるんです。良いか悪いかとか、正しいか間違いかなどの人間の勝手な解釈は通さずに、物事を起きている現象そのまま、「あるがまま」に見るんです。とてもシンプルでこの方が私には合っていて気が楽になります。物事はただ「起きている」んです。
真佐子:たしかに、そういうとらえ方をすれば出来事に一喜一憂することも少なくなりそうだね。もう達観した境地と言うか。
妙子:あと、インド哲学を学ぶだけじゃなくて、実際に瞑想して雑念を静めることも心がけています。人間の頭はまだ起きてもない将来の良くない事態を、勝手に想像して勝手に心配したりしています。そういう無駄な作業をなくすためにも瞑想は効果的なツールです。
真佐子:「考えるな、感じろ!」みたいな?
妙子:ブルース・リーでしたっけ? その人のことはあまり知らないんですが、その言葉はシンプルで的確ですよね。きっと何かを極めた人なんでしょう。
真佐子:空手だったかな… ゴメン、私もよく知らないや。
妙子:いえ別に。それよりそろそろ今日の楽曲のことを話しましょうよ。私はとても好きな曲です。
真佐子:うん、私も。何か特別なメッセージ性とか仰々しいところはないんだけど、聴いているとモンゴルの大平原が目に浮かぶようでやさしい気持ちになるの。
妙子:ボロディンはこの曲とか「韃靼人の踊り」とか、旋律が魅力的な曲が多いですよね。
真佐子:あと、弦楽四重奏曲とか知ってる? 緩徐楽章が「ノクターン」のタイトルでよく単独で取り上げられてるけど。
妙子:最高です。私は「ノクターン」もいいですけど第一楽章がとても好きです。なんか、ボロディンという人がよく表れてる気がします。どんな人かは知らないですけど。
真佐子:きっと、穏やかでやさしい人だったんだろうね、めったに怒ったりしないような。
妙子:ボロディンはたしかプロの作曲家は目指さずに、あくまで「日曜作曲家」として仕事のない休日にのみ作曲してたんですよね。
真佐子:そういう趣味的な気楽さがいい意味で音楽にも表れてるよね。だから聴いていると気持ちが楽になるのかもしれない。
妙子:あと、イングリッシュホルン奏者としては、「韃靼人の踊り」も「中央アジアの草原にて」も、他のオーケストラ曲に比べてかなり活躍できるのもありがたいです。
真佐子:あとはドボルザークの「新世界より」あたりがイングリッシュホルン奏者の腕の見せ所だもんね。
妙子:そういう中でも「中央アジアの草原にて」は、特に気の利いたいい選曲だと思います。私のためにプログラムに選んでくださったと聞きました。感謝しています。
真佐子:ううん、妙子さんのためというより、みんながラヴェルのピアノ協奏曲のイングリッシュホルンを聴いて、また妙子さんの演奏をぜひ聴きたいと思ったからだよ。ほんとに感動したから。
妙子:そう言っていただけるとうれしいです。「中央アジアの草原にて」をやることが決まってから、体調のいい日はできる限りリハに参加したり、個人練習もするように心がけました。
真佐子:その努力は、本番で… 報われたよね?
妙子:はい、その成果はあったと思います。
真佐子:よかった、ところで本番でトワさんがイングリッシュホルンの二度目のソロで、テンポをグッと落としたの知ってた?
妙子:もちろんです。「あぁ、気を使っていただいてるのかな? 申し訳ない」と思いながら吹いてました。
真佐子:でもあとでトワさんに聞いたら「あれは音楽的にテンポを落とした方がいいと思っただけですよ」って言ってた。多分、照れ隠しだろうけど。
妙子:リハでは一度も落としてなかったですからね。私なんかのために恐縮です。
真佐子:でも、妙子さんのイングリッシュホルンがじっくりと聴けてよかった。
妙子:私も、みなさんのおかげで生きることが少しずつ楽になっている気がします。いつもありがとうございます。
ボロディン:交響詩 《中央アジアの草原にて》[2023]
Alexander Porfir'evich Borodin:In the Steppes of Central Asia [8:46]
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
Borodin-In-the-Steppes-of-Central-Asia-2023.mp3
▼オーケストラを構成する楽団員たち
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