2023年05月20日


ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調 第2楽章 [2023] / Maurice Ravel:Piano Concerto in G major, II. Adagio assai

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♪第7話:うつ病のイングリッシュホルン奏者の心に射したひと筋の光

初めまして、こんにちは。
私はCMSLシンフォニックオーケストラでイングリッシュホルンを担当している新山妙子です。
どうぞよろしくお願いいたします。

唐突ですが、これを言わないと話が始まらないので…。
実は私は、重度のうつ病患者です。
症状が始まったのは二十歳を過ぎてからで、その後は悪化するばかりでついには通っていた大学を辞めてしまいました。

週のうち3日は寝込むほどで、その他の日もただ起きているだけで、何かをしようという意欲が湧きません。せめてアルバイトでもと思っても、いつ始まるかわからないうつ症状に振り回されて、結局長続きしません。
仕方がないので家で何をするということもなく過ごす日々が始まって、もう3年近くになりました。

こんな私を心配した両親は私に内緒でCMSLのオーディションに応募したようです。
「これが何かのきっかけになればいい」と思ったと、あとから聞かされました。

勝手にオーディションに応募した両親に対して私は「そんなことしたって絶対いかないから」と食って掛かるように言い放ちました。
両親はそんな私を黙って見つめていました。

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うつ病の苦しさは罹った本人にしかわかりません。
自分でもこれではいけないとわかっていても、虚脱感の方が上回ってどうにもなりません。
悩みを相談すればいいと言われても、そもそも明確な理由などなく相談しようがありません。
ただただ空ろな時間だけが過ぎていく日々です。

それでもオーディションはともかく、誰かと接すれば少しは気分転換になるかもしれないと、とりあえず面接だけ受けに行ってみることにしました。
もし受かったとしても、オーケストラに入る気は毛頭ありませんでした。

当日、会場で初めて会った理事長のセバスチャン・ガロさんは、うつ病を中心とした私の身の上話を嫌な顔ひとつせず全部聴いてくれました。
そして私が気が済むだけ話したのを見て「それでは演奏を聴かせてください」と淡々とした口調で言いました。

実技までするつもりはなかった私でしたが、このまま帰るのも失礼なので、とりあえず持って行ったイングリッシュホルンで、ラヴェルのピアノ協奏曲の第2楽章を演奏しました。

この曲は私が10代の中頃、偶々テレビで演奏を観て「なんてきれいな音楽なんだろう」と感動して、イングリッシュホルンを始めようと思ったきっかけになった曲です。
第2楽章の後半でイングリッシュホルンがソロで主題を奏で、それを支えるようにピアノがアルペジオで音楽に彩りを与えています。

この部分を初めて聴いた時、私は涙がとまらなくなり、それまで経験したことのない感動に震えていました。それをオーディションの実技でも演奏しました。

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吹き終わって顔を上げ前を見ると、ガロさんの頬を一筋の涙が伝っていました。
しばらく目を閉じたまま、何かをかみしめるかのようにじっとしていたガロさんは、目を開けると「失礼しました。席におかけください」と言いました。

続けて「こんなにも儚く、わびしく、しかしあたたかいイングリッシュホルンの音を初めて聴きました。私はぜひコンサートで、もう一度あなたの奏でる音色を聴いてみたい」と私の目を見て言いました。

「でも、私はこんな状態ですからオーケストラに参加するのは無理です」と私が訴えるとガロさんは「わかっています。ではこうしたらどうでしょう。あなたはオーケストラのプログラムでイングリッシュホルンが必要な時のみの参加とします。またもし、うつの状態が悪化してどうしても舞台に上がるのが無理そうな場合は、オケのオーボエ奏者が当日、あなたに代わって演奏します。そのために事前の準備もしておきます。これならなんとかなりませんか?」と再び私の目をじっと見て言いました。

私は「でもどうして私などのためにそこまでしてくださるのですか?イングリッシュホルンの代わりならオーボエ奏者の方も含めて、他にもいくらでもいるでしょうに…」と必死に訴えました。
するとガロさんは「いや、いません。少なくとも私の知る限りは。新山さん、あなたはもっと自分に自信をもってください。あなたの奏でる音は唯一無二です。きっとあなたの演奏に癒される人がたくさんいるはずです」と語気を強めました。

こうして私は作品限定でオーケストラに参加する特別団員になりました。

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コンサートの当日、ピアノ独奏を弾いた美里さんは演奏後の楽屋で私に歩み寄り、手を取ると「ありがとう、最高に幸せな時間でした。一生忘れられないコンサートになりそうです」と微笑んで手を握り締めてくれました。
私は「こちらこそ、こんな日が来るとは思っていませんでした。美しいアルペジオをありがとうございました」と美里さんの手を握り返していました。

今も私のうつは決して改善されたとは言えません。それでも以前にくらべてわずかでも、目的意識とかすかな希望のようなものが、自分の中に生まれ始めている気がします。これから少しずつでもオケに参加することで、自分を変えていけたらと思っています。



ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調 第2楽章 [2023]
Maurice Ravel:Piano Concerto in G major
II. Adagio assai [9:49]



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▼オーケストラを構成する楽団員たち
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posted by CMSL クラシック名曲サウンドライブラリー at 05:16 | 協奏曲 (Concerto) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする