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2013年08月23日


ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 Op.68 「田園」 第5楽章 [新録音2013]

ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
5.0 人類共有の至宝・ワルターの『田園』
5.0 「田園」と云えばこの一枚
5.0 叙情性・歌いっぷり・録音がそろい踏み
価格:
ワルター/コロンビア交響楽団
ソニーレコード(1999-01-20)
売り上げランキング: 2782

♪音楽を通して表現された自然や神への感謝

耳の具合がわるくなり始めてからのベートーヴェンは、次第に人との交流を避け、
自然の中を散策することを、日々のよろこびとするようになっていきました。

ウィーン郊外のハイリゲンシュタットは、自然あふれる閑静な田園地帯。
ここに住居を借りて、ベートーヴェンは療養を兼ねて作曲に勤しんだのです。

朝は日が昇る頃に起きて作曲を始め、そのまま午後2時頃まで通して仕事をすると、
あとは外に出て散策を始め、夕方まで、時には夜中まで自然の中を歩いたといいます。

その様子を詩人グリルパルツァーはこんな詩に描いています。


男がひとり急ぎ足で歩いてゆく
影もいっしょについてゆく
藪を抜け 畑を過ぎ進んでゆく
小川に出会えば足を水にぬらして
歩み続ける
けわしい崖にうちあたると身構えて
ひと飛び無事に乗り越えた


ウィーンの森、ブドウ畑、ドナウ川の岸辺…。
こうしたところを散策しながら、自然からの霊感を受け、楽想を練ったのです。
この頃についてベートーヴェンは次のように記しています。

『全能の神よ!森の中で私は幸福である。ここでは樹々はすべて、御身の言葉を語る。
ああ神よ、なんたるこの荘厳さ!森の中、丘の上の、この静寂よ。
御身にかしずくためのこの静寂よ。』

また親しかったドロスティック男爵夫人には、こんな手紙を送っています。

『誰か、私より田園生活の好きな人がいるでしょうか?
色々な樹々や茂みは、私の心の疑問に答えてくれるようです。』

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交響曲第6番《田園》は、こうした日々の中から生まれました。
「田園の描写ではなく、感情の表現である」とされるこの交響曲には、
田園に接した者の心に映る、心象風景が描かれています。
そしてそれは同時に、変化する田園の姿を通して描かれた、
人生そのものの姿でもあるのです。

よろこび、平和、楽しさ、苦難、そして、感謝と希望。
並行して作曲された交響曲第5番《運命》とは、まったくタイプが違うようにみえて、
実はどちらもこうした人間の人生そのものが描かれた交響曲なのです。

初演は《運命》、《田園》ともに、1808年12月22日、アン・デア・ウィーン劇場で、
この時38歳であったベートーヴェン自身の指揮により行われました。





ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 Op.68 「田園」 第5楽章 [新録音2013] [10:03]
(牧人の歌・嵐の後のよろこびと感謝)
Ludwig Van Beethoven: Symphony No.6 in F major, Op.68 "Pastorale"
5. Allegretto



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posted by アンドウトワ at 17:06 | 交響曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月09日


モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」 第4楽章 [新録音2013]

モーツァルト : 交響曲第35番「ハフナー」&第41番「ジュピター」
5.0 迫力の41番
5.0 結局35-41番そろえてしまいました
5.0 ああこれだ、ありがとう
価格:
ワルター指揮/コロンビア交響楽団
ソニーレコード(1998-10-20)
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♪ローマ神話の最高神ジュピターのように壮麗な終楽章

「この世で私ほどモーツァルトを愛する者はいない」
                   L.V.ベートーヴェン
「もっとモーツァルトを!」
                   G.マーラー

もし誰かに「神とはどんな存在だと思いますか?」と尋ねられたら、私は迷わず、
「モーツァルトのジュピターの終楽章コーダのような存在」だと答えたいです。
それほどにこのコーダは壮麗で神々しく、圧倒的な存在感で迫ってきます。

古今東西、多くの作曲家たちがこの境地をめざしてきました。
ベートーヴェン、シューベルト、ワーグナー、ブラームス、ブルックナー、マーラー…。
けれど、結局、この境地までたどり着いたのはひとりもいなかったように思います。
ベートーヴェンやシューベルトでさえも。

他の作曲家たちが描いたのは神のイメージであり、
モーツァルトが描いたのは、神そのものだという気がするのです。

この交響曲を書いたころのモーツァルトは、経済的にとても苦しい状況にありました。
馬車馬のように仕事するものの、それが金銭面で報われることもなく、
かつて支えてくれた有力者たちも、次第に援助の手を引き始めていました。
その後、亡くなるまでの約3年間は、加えて肉体的にも衰えを隠せず、
モーツァルトの生活はまさに満身創痍といった様相を呈していました。

しかし、そうした状況だからこそ、モーツァルトの精神は、より自らの内部深くへと沈潜し、
この世の現象の世界を超えた、不変の神の領域にまで達していたのかもしれません。
たとえ、目に見える現実の世界はどんなに厳しいものであろうと、
その奥にはそれとはまったく関係のない絶対の世界が存在していることを、
彼は頭ではなく精神で、ハートで理解していたのかもしれません。

それほどまでに、この終楽章には一点の疑いもなく、神の完全性に向けた、
100%の信頼、いえ確信が満ちみちているのです。
こんな音楽は他にありません。

この頃のモーツァルトは貴族などからの依頼ではなく、
自らの発心と意欲で作曲に取り組むことが多くなっていました。
有名なセレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」などがそうです。

それだけに、作品には注文に応じたつくりではなく、純粋な形でモーツァルトの
芸術家としての表現の発露をみることができます。
いわば、モーツァルトが遺したかった本心です。

3大交響曲とされる第39番、第40番、第41番はわずか6週間で書きあげられました。
単純計算で、2週間で交響曲を1曲つくったことになります。
これは驚異的な速さです。

おそらく作るというより、すでに頭の中にある全スコアを、
楽譜に書き写していく作業のみだったのではないでしょうか?
モーツァルトは一瞬のひらめきの中に、交響曲1曲分すべての青写真があったといいます。

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私はモーツァルトが自らの最後の交響曲として、ト短調の哀しい第40番ではなく、
ハ長調の明るく力強い第41番を置いてくれたことに感謝したいです。
そして、その最後であるコーダで、神とその創造物である森羅万象が、
たがいに交わりながら壮大な宇宙世界をくりひろげる様を描いてくれたことに。

終楽章のコーダのフーガこそがモーツァルトの結論であり、
彼が後世の私たちに伝えたかった最も大きなメッセージだったのだと思います。

「ジュピター」とはローマ神話の最高神のことで、ギリシャ神話のゼウスにあたります。
モーツァルト自身の命名ではありませんが、あまりの神々しさからこう呼ばれています。
また、第41番は「終曲にフーガをもつハ長調の交響曲」と呼ばれることもあります。





モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」 第4楽章 [新録音2013] [7:09]
Wolfgang Amadeus Mozart: Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter"
4. Allegro molto



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posted by アンドウトワ at 17:21 | 交響曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする